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    「台所」から見えてくる様々な人生を描く連載小説。
    「おりおり堂」のおしながき

    葉月・焼きガキ

     お盆には、地獄の釜の蓋が開くと言われます。先祖の霊を迎え、供養するこの時期は、しゃばの仕事もお休み。ふるさとに帰る人が多いため、同窓会ラッシュの時期でもあります。連載小説の第5話「葉月 焼き夏ガキと招かれざる客」では、小学校の同級生を集めた暑気払いの様子が描かれました。その宴席で振る舞われた焼きガキを、「ミシュランガイド」三つ星の日本料理店「銀座小十」の奥田透さんが作ってくれました。

    野趣あふれる夏の牡蠣

    • 2種類の焼きガキ。左はスダチの搾り汁だけでシンプルに。右はたれを塗って焼き上げたもの
      2種類の焼きガキ。左はスダチの搾り汁だけでシンプルに。右はたれを塗って焼き上げたもの

     牡蠣(かき)と言えば、「冬のもの」というイメージが強いのではないでしょうか。英語でも、「『r』の付く月が食べごろ」と言われ、5月(May)から8月(August)までは、「旬ではない」印象です。奥田さんも「鍋物の具というイメージがありますね」と話します。

     冬に旬を迎えるのは「マガキ」という種類で、一般的には養殖されたもの。マガキの産卵期は水温が上がる5月頃からで、その時期まで身が太った状態になり、その後は産卵で一気に身がやせてしまうとか。卵ができはじめる前の1~2月が最もおいしいとされています。

     一方、夏に出回る牡蠣もあるのです。「イワガキ」は産卵期は同じですが、マガキのように身が細ってしまうことがなく、たっぷり栄養を蓄えた状態が6月から8月頃まで長く続くそうです。

     小説では、“招かれざる客”藤村氏が「産地から取り寄せた」というイワガキを持参しました。「作業台の上でトロ箱の封を外し、蓋を開けると、ごつごつした貝殻が並んでいるのが見えた。箱いっぱいに詰め込まれた、立派な岩ガキだ」

     それを見た澄香は「うわあ、すごいですね。夏の牡蠣って、私、食べたことないですよ」と口にしましたが、奥田さんが用意してくれた牡蠣も「うわあ、すごいですね」と言うしかない大きさでした。殻は大人の手のひらより大きく、身は真っ白でプルンとしていました。

    • 夏が旬のイワガキ。殻は大人の手のひらより大きい
      夏が旬のイワガキ。殻は大人の手のひらより大きい
    • 赤々と燃える炭火でさっと焼き上げた
      赤々と燃える炭火でさっと焼き上げた

     それに金串を打って、炭火であぶります。「殻ごと火にかけてもいいのですが、これだけの大きさなので……。厚みがある牡蠣は『肉』なんです。肉も表面は火に当てて焼けますが、中は蒸し焼き状態。ジューシーに焼き上がります」と奥田さんが説明してくれました。

     一つはスダチを搾っただけ。もう一つはしょうゆとみりん、酒を合わせたたれを塗って焼き上げてあります。ごつごつとした殻に盛られたせいもあるのでしょうか、野趣あふれる磯の味がします。たれを塗ったほうは香ばしく、ほのかな甘みも感じられました。奥田さんが「串を打って焼けるほど大きな牡蠣が育つのは、すごいことですよ。日本の海はすごいです」と繰り返していたのが印象的でした。

    翡翠色のつやめき

    • 焼き穴子と冬瓜(とうがん)の炊き合わせ
      焼き穴子と冬瓜(とうがん)の炊き合わせ

     もう一品は 「焼き穴子と冬瓜(とうがん)の炊き合わせ」。御菓子(おかし)(つかさ)玻璃(はりや)屋」当主・松田左門(さもん)が、「まあ、気が置けない集まりだ。んなわけで仁の字よ。一つパァッと暑さを吹き飛ばすような料理を頼まぁ」とリクエストしたのに応えた料理です。

    <焼き穴子と 冬瓜 ( とうがん ) の炊き合わせ>
    (1)トウガンは皮をむき、斜め格子状に軽く切れ目を入れる。
    (2)米のとぎ汁で下ゆでし、流水にさらす。
    (3)水気を拭き取り、昆布とカツオ節のだしで煮る。
    (4)たれを塗って焼いた穴子を3~4センチ幅に切り、トウガンの上に盛りつける。トウガンを煮ただしをかけ、穴子の上に千切りにしたミョウガとユズの皮のすり下ろしを飾って仕上げる。

    • 穴子を切る奥田さん
      穴子を切る奥田さん

     小説で、「味見してみるか?」と料理人の仁さんに促された澄香の感想を借りましょう。

    「焼いた穴子の香ばしさと滋味を含んだだし汁が鼻腔(びくう)に抜けた。柔らかくほっくり崩れる穴子と、つやつやに炊きあがった翡翠(ひすい)色の冬瓜。深みのある穴子の滋味と、冬瓜のつるり、ひんやりした食感。冷たいだし。さらには、上にのせられた茗荷(みょうが)の香りがあいまって、これぞまさしく夏のごちそう! という感じだった」

     「トウガンそのものが持っていた水分を抜き、そこにだし汁を染ませる。水分の入れ替えがポイントです」と奥田さん。「口の中に入れたときに、まずしょうゆや塩など調味料の味がするようではいけない。トウガンがおいしくならなければいけないんです」と解説してくれました。“おいしくなったトウガン”は、ほとんど塩の味はしません。その分、カリッと香ばしい穴子の味が際立っていました。

     リーン、リーンと虫の声も聞こえ始めるこの時期。夏のメニューをいただくと、過ぎる季節の残り香を感じることができそうです。

    2014年08月29日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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