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    「台所」から見えてくる様々な人生を描く連載小説。
    おりおり堂・番外編

    「冬瓜」その(5)

    • イラスト 小森のぐ
      イラスト 小森のぐ

     出張料理人だという彼らを呼び込んだのは、面倒な作業を一回分丸投げできるからであって、彼らの作る料理にさほど期待をしていたわけではない。

     女の話によれば、仁という男は人気の出張料理人らしかった。

     加奈子の脳裏に浮かんだのは、高価な食材を使った料理の並ぶ華やかなパーティーの(さま)だ。

     だが、そんなパーティーは実際には見かけ倒しのことが多い。華やかなのは雰囲気だけで、食べてみると味の方はそれほどでもないのだ。

     それでも、これだけのルックスの料理人が作るのならば、それはそれで満足感が得られるのだろう。

     しょせん、彼の人気はルックスによるもので、腕前の方は大したものではあるまいと高をくくっていた。

     材料らしい材料がないこの家で、果たして彼らはどうするのか見てやろうという意地の悪い思いもあったかも知れない。

     ところが、助手の女は意外なことを言った。

     この夏、冷蔵庫や戸棚にある材料だけで料理を作るキャンペーンをしていたので、こういう状況には慣れているというのだ。

     

     「立派な冬瓜(とうがん)ですね」

     男にそう言われ、加奈子ははっとした。

     冷蔵庫の奥にそれが転がっていることを失念していた。

     冬瓜は和浩の好物だ。

     夏にスーパーで見かけ、どうしても買わなければいけないような気になって買ってしまった。

     大きな冬瓜を丸ごと一個だ。自分がどうかしていたとしか思えない。

     加奈子は実は冬瓜が苦手なのだ。

     これといって味も栄養もないくせに図体ばかり大きい。こんなものを好む男の気が知れなかった。

     「これを使ってもよろしいですか?」

     男に()かれ、加奈子は、え、ええと曖昧(あいまい)な返事をした。

     去年の夏にも冬瓜を買った。

     小分けにしてパック詰めしたもので、夫婦二人で十分食べきれる量だ。

     だが、どうにも億劫(おっくう)で、やらなきゃやらなきゃと思う内、いつの間にか変色し、ずるずるになってしまった。

     ああ、それでだと加奈子は思い出した。

     だから今年は丸ごと一個を買ったのだ。

     八月、夏の盛りのことだ。もう二ヶ月近く経っていることになる。

     どうにかしなきゃと思いながらも、なかなかその気になれずにいた。

     一旦割ってしまえば、それこそ一息に消費しなければ、瞬く間に傷んでしまうだろう。踏み込むことに恐怖心のようなものがあったのだ。

     「あ、でも、すごく古いんですけど、それ……。大丈夫かしら」

     仁という名の男はキッチンカウンターの上に置いた冬瓜に軽く触れた。

     「多分大丈夫だと思います。冬瓜ですし」

     確かに、と加奈子はごろりと転がる冬瓜を見下ろす。

     蛍光灯の光を浴びて、不自然なまでに鮮やかな緑の楕円だ。

     丸のままならば、夏に収穫した実を冬まで保存できると聞いた覚えがある。

     それが冬瓜という名の所以(ゆえん)だそうだ。

     続きはこちら⇒その(6)

     

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    2015年10月23日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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