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    「台所」から見えてくる様々な人生を描く連載小説。
    おりおり堂・番外編

    「冬瓜」その(6)

    • イラスト 小森のぐ
      イラスト 小森のぐ

     「仁さん、重いですか、それ?」

     助手の女が言って、男から冬瓜を受け取る。

     「わ。重たっ」

     予想よりずっと重かったらしく、彼女は慌てて冬瓜を持ち直した。

     その姿を見て、加奈子ははっとした。

     まるで、赤ん坊を抱くような格好だったからだ。

     ああ、そうだった、と加奈子は思い出した。

     結婚してしばらくした時に、夫が実家から冬瓜をもらって来たことがあった。

     今ここにあるものより更に大きく、五キロ近くあっただろう。

     やはり加奈子もバランスを崩して落としそうになり、腕を曲げて抱え持つような形になった。

     それを見た夫が言ったのだ。

     「なんか赤ちゃん抱いているみたいだね」と。

     

     子供を持たないことは話し合って決めた。

     仕事の妨げになると思ったからだ。今から思えば、あえてそうしなくても年齢からしてできなかった可能性も高いのだが。

     夫はそれでいいと言った。

     「二人で生きていけばいい」と言ったのだ。

     にもかかわらず、冬瓜を持った加奈子をそういう風に称したのは、やはりどこかで子供を望んでいるからではないか――。

     そう思うと無性に腹が立った。

     プロポーズと呼ぶ程のものではなかったが、結婚しようと言ったのは加奈子の方だ。

     ところが、夫には別の縁談があり、彼の実家の方ではみなが乗り気だったのだと結婚後に聞かされた。

     どこか諦めきれない様子の義母に言わせれば、加奈子より「うーんと若くて素直」な女の子だったそうだ。

     和浩は優しい男だ。加奈子の申し出を断れなかったのかも知れない。

     もし、「うーんと若くて素直」な方と結婚していれば、彼は“普通に”子供を持つ人生を歩めたのではないか。

     そう思うと、いても立ってもいられなくなる。自分の気まぐれで、彼の人生の選択の幅を狭めてしまったのだろうか……。

     それ以来、加奈子はどこかで夫に負い目を感じている。

     ヒモでもない限り、仕事最優先の女と結婚したって、男にメリットなどないだろう。

     なのに、自分は唯一の誇りであったはずの仕事さえ失ってしまった。

     もし、逆の立場だったとしたらどうなのだろうかと考えてみる。

     仕事だけが取り柄だった夫が家でぶらぶらしているわけだ。

     一体どこの女がそんな夫に魅力を感じるだろうか。

     続きはこちら⇒その(7)

     

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    2015年10月26日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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