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    「台所」から見えてくる様々な人生を描く連載小説。
    おりおり堂・番外編

    「冬瓜」その(7)

    • イラスト 小森のぐ
      イラスト 小森のぐ

     まな板の上で料理人の男が包丁を入れると、冬瓜はさくりと割れた。

     加奈子は息をのむ。

     表皮の部分は鮮やかさを残しているとはいうものの、夏に比べれば、若干色あせ、乾燥しているようにも見えた。一見、若々しくても、いざ割ってみると、中身はすっかりしぼんでいて、落胆させられるのではないかと思っていたのだ。

     だが、中から顔を出したのは純白の実と種を抱えた綿だった。

     「きれいですね」

     「ええ……」

     でも、それは不気味なことではないかと加奈子は思う。

     十月、外はもうすっかり秋の装いだというのに、この実はみずみずしく、夏の輝きを保っているのだ。

     「何だか場違いね」

     加奈子の言葉に、仁という名の男は不思議そうな顔をした。

     

     一時間ほどで、夫が帰宅した。

     見知らぬ客人に少し驚いた様子ではあったものの、特段不快げな顔もせず、警戒心も見せない。それどころか何やら(うれ)しそうでさえあった。

     こんなにフレンドリーな人だったかしらと、加奈子は首を傾げる。

     友人も含め、彼が他人に対してどんな風に接するのか、もう忘れてしまっていたのかも知れない。

     「いやあ、参ったなあ。料理人さんが来られてるなら、こんなものは買って来なかったのに」

     そう言って、薄くなった頭を()いている。

     何も知らされていなかった彼はデパ地下の高級中華を買って来ていた。車に乗せてくれた同僚に、お礼がてら一部を差し上げたとは言うものの、夫婦二人で食べるには結構な量だ。

     それも温め直して食卓に並べ、料理人たちにも食べてもらうことにした。

     実のところ、冬瓜料理などに期待はしていないというのが加奈子の本音だ。

     料理人は加奈子が出した缶詰や乾物などを駆使して、ちょっと気の利いた小鉢ものなども作ってくれている。

     とっておきのワインなどを出して来ると、時ならぬパーティーのようになった。

     

     仁という名の料理人と夫が並んで座っているのを見ると、ため息が出そうだ。

     和浩はさえない中年男だ。これといった魅力もない、くたびれた顔。テーブルの上の照明を浴びると、シワやしみが目立つ。いつの間にか姿勢も少し悪くなっているようだ。

     対する料理人は若く、美しい。服の上からでも分かる逞しい身体には何とも言えない色気があった。

     では、自分はどうなのだろうと加奈子は考えている。

     現役で仕事をしていた頃は、自らの容姿に対する投資を惜しまなかった。

     着るものやメイクはもちろん、どんなに忙しくともサロンやエステに行く時間だけは削らなかった。

     仕事はできて当然、だからといって、なりふり構わない女だとは思われたくなかった。

     いや、なりふり構わぬ女に仕事ができるはずはないと思っていたし、周囲の評価も同様だと感じていた。

     それが今では、サロンに行くのも数ヶ月に一度、前回行ったのはもう二ヶ月以上前だ。

     いつの間にか、生え際に白いものが見えるようになり、最近では鏡を見るのがいやで、目を逸らすようにさえなっている。

     もしかすると、彼らの目には、お似合いのくたびれた中年夫婦と映っているのかも知れなかった。

     続きはこちら⇒その(8)

     

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    2015年10月27日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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