左翼から「背番号1」が全力で駆けてきた。「3年間、苦労してきたことが一気に吹き飛んだ」。歓喜の輪に加わった中京大中京・高橋孝典(3年)。本来、立つはずだったマウンドの上で何度も跳びはね、笑みをこぼした。
前日の準決勝に完投した高橋は、「投げたい」気持ちを抑えていた。左翼からマウンドの真辺靖幸(3年)に「頼むぞ」とエールを送り、打撃に“専念”した。
そして迎えた六回。1死三塁で、高めの直球をたたいた打球は、甲子園への夢を乗せて右翼席に弾んだ。じわじわと追い上げる豊田西の意欲を、たたきつぶす貴重な一撃。大藤敏行監督は「あの2点は大きかった」と振り返った。
高橋の3年間は、けがとの戦いだった。1年の秋、エースナンバーをもらいながら、背筋を傷めてリタイア。治りかけた冬には疲労骨折で、休養を余儀なくされた。そして2年の春、今度は肩を痛めた。
「投手をやめて野手になろうか」。悩んだ高橋に、ナインが声を掛けた。「おまえしかエースはいない」。母の和子さん(42)が、毎朝5時前に弁当を作り、送り出すときに励ましてくれた。冬場には一生懸命走り込んで、体を鍛えた。
今春、医者から「投げてみないか」と許しが出た。再びブルペンに戻った。本来の調子には、まだ戻っていないが、完投できるまでに回復、この大会では4試合に登板した。「けががなかったら、今の自分はなかった」。代表決定のマウンドは「背番号7」に譲ったエースは、あこがれの甲子園では、「初戦のマウンドに立つ」。(山下 昌一)
名古屋市昭和区。1923年創立と同時に創部。部員は84人。甲子園116勝は全国最多。最近では97年春に準優勝。OBに巨人の木村竜治ら。