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東京農業大…収穫・飼育 根を張る実学

「正門装飾」で出迎え

東京農業大の学園祭「収穫祭」で正門を装飾した造園科学科の竹内さん(上)ら学生たち(東京・世田谷区桜丘で)=田中成浩撮影

 東京・世田谷区の中心部に、東京農業大学の世田谷キャンパスがある。車の往来が絶えない道路に面した正門から中に入ると、喧騒(けんそう)から一転し、木立に包まれた静かな空間が広がる。

エゾシカの採血をする川崎さん(左)。この日は7頭が解体された(北海道斜里町で)

 この都会のオアシスが、10月30日から3日間、収穫祭でにぎわった。訪れたのは延べ約7万人。実習で丹精込めて作った野菜や米、手製のみそ、部活で作った名物の蜂蜜などを求める人が長蛇の列をなした。

 収穫祭を前に、正門の門柱が、「ヘデラ」というツタや赤いサルビアで彩られた。造園科学科の学生による、期間限定の「正門装飾」だ。収穫祭の来場者を歓迎するため1968年に始まり、歴代学科生が受け継いでいる。

 その年の3年生がデザインを考え、安く調達した草花を並べていく。作業はサーチライトも使って深夜まで及び、収穫祭前の1か月間は、夕食を炊き出す毎日だ。74年入学のOBで、自身も正門装飾に参加した同学科の鈴木誠教授(55)は、「収穫祭が終わると一回り大人になる」と懐かしむ。

 地下足袋で駆け回る同学科3年の竹内督翔(まさと)さん(21)が、今年の正門装飾のまとめ役。ガーデニング会社を経営する父の薦めもあり、1年生から造園を専門に学べるこの大学に進んだ。卒業後はガーデニング発祥の地・英国に渡り、いずれは故郷の熊本で造園業を営みたいという。

 「何を勉強したのか答えられるだけのものを持って、大学を卒業したい」。もちろん、収穫祭での経験も糧にするつもりだ。

エゾシカを食肉に

 海に突き出た半島に居並ぶのは世界遺産である知床の山々。右に目を移すと「オホーツク富士」と呼ばれる斜里岳がそびえる。北海道網走市のオホーツクキャンパスから見える風景だ。

 学生の9割が道外の出身。産業経営学科4年の小林智子さん(22)も、実家は埼玉にある。入学当初は虫嫌いだったが、アルバイトで畑仕事を手伝ったり、ホタテの稚貝を網に入れたりと、たくましくなった。来春、網走市内の農協に就職するという。

 「エゾシカ学」の授業を受ける生物生産学科4年の川崎波二絵(はにえ)さん(22)は、世田谷キャンパスの短大から編入した。「野生動物を扱い、自分のスキルを磨く。それは、このキャンパスでないとできない大きな魅力」と語る。

 川崎さんは10月29日、大学で半年間、飼育した野生のエゾシカを、約40キロ離れた知床半島にある鹿牧場に運んだ。増えるエゾシカを食肉にして、取れる肉の量を調べる実習だ。

 仲間と鹿を押さえ、採血用の注射器を握る。解体前に血液を採り、栄養状態を調べるためだ。家畜と割り切り、感情移入はしないが、血管を探すのに手間取るときだけは、「採血が遅れるほど苦しい。早く楽にさせてあげなければ」と思う。

 指導する増子孝義教授(58)は「エゾシカ肉の安定供給を確立すれば、地域の資源として有効活用できる」と強調する。

 空の広さも、吸う空気も異なるキャンパス。創立から続く実学の精神は、約900キロの距離を隔てて、しっかりと根を張っていた。(大谷秀樹)

〈沿革〉
 旧幕臣で北海道開拓に尽力した榎本武揚が、1891年に創設した「徳川育英会育英黌(こう)農業科」が起源。93年に育英黌から独立して東京農学校が誕生。1911年に農学者の横井時敬が初代学長に就き、東京農業大学になった。89年にオホーツクに、98年に厚木にキャンパスを新設。全学で計6学部21学科ある。人と動植物の共生を探る「バイオセラピー学科」や、オホーツク海の水産を研究する「アクアバイオ学科」など、ユニークな学科がそろう。


(2009年11月20日掲載)

2010年3月10日  読売新聞)
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