文字サイズ
    学校、受験など教育に関する掘り下げた記事をタイトルごとに掲載します。
    学校 モノ・風景

    徒競走用に底を補強…運動足袋

    読売新聞教育部 鳥越恭
    • 小学生に人気の「瞬足」。靴底が工夫され、走りやすいという
      小学生に人気の「瞬足」。靴底が工夫され、走りやすいという

     誰もが「速く走りたい」と願う運動会。1970年代頃までは、白い足袋をはいて走る子供がいた。底が補強された「運動足袋」で、「スポーツ足袋」などとも呼ばれた。

     愛知県北名古屋市の「昭和日常博物館」は、様々な運動足袋を所蔵している。雑貨店などで60年代頃まで販売されていたもので、多くが白い綿素材。底に布を二重に張ったり、厚紙を縫い込んだりして補強されている。「普通の足袋より足に力が入りやすいと考えられたようだ。すぐ破れるので、運動会の時だけ着用された」と伊藤明良学芸員(40)は説明する。

     学校の運動会は明治期に始まり、当初は素足や着物用の足袋で走ったとみられる。足袋は、陸上競技の選手にも愛用されていた。「日本マラソンの父」と呼ばれる金栗(かなくり)四三(しぞう)は、明治末期のストックホルム五輪に足袋で出場。足を痛めて途中棄権したが、その後も、通っていた東京高等師範学校(現筑波大)近くの足袋店の協力で、マラソン用を開発。底にゴムを付けるなどして改良した。

     金栗は「靴より軽くて日本人になじみ、足にまめができにくい」として、大正期発行の小学校の体育指導書などでも足袋で走ることを推奨した。

     戦時中の38年に撮影された京都市の尋常小学校の運動会の写真(京都市学校歴史博物館所蔵)では、ほぼ全員が徒競走用の足袋を着用。運動足袋が普及していたことがわかる。

     スポーツの歴史に詳しい真田久・筑波大教授(59)は約50年前、東京都内の小学校の運動会で運動足袋をはいて走ったという。「軽くて、足で地面をつかむような感覚で走れた。機能的な運動靴が普及する前は、足袋が重宝されたのだろう」と語る。

     現代の徒競走の主役になっているのは、その名も「瞬足(しゅんそく)」という子供向け運動靴だ。アキレスが2003年に発売し、5000万足以上が売れた。狭い運動場でもコーナーを回りやすいようにと、靴底の滑り止めの位置を工夫した。「速い子はより速く、苦手な子には“夢”を」。瞬足のカタログには、そう記されている。(鳥越恭)


     「学校 モノ・風景」では学校生活を彩るモノや行事を通し、教室や子どもの暮らしの変遷をたどります。今後「給食の牛乳」などを取り上げる予定です。
     エピソード・氏名、電話番号などを明記し、〒100・8055 読売新聞東京本社教育部へ。ファクス03・3217・9908.メールは kyouiku@yomiuri.com
    2015年05月23日 08時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun