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    学校 モノ・風景

    1枚ずつ印刷 手作りの味…ガリ版

    読売新聞教育部 飯田達人
    • 古野さんが保管していた1965年にガリ版で作った卒業文集
      古野さんが保管していた1965年にガリ版で作った卒業文集

     「教員時代にお世話になったので、大切に保管しておきました」。

     埼玉県朝霞市の元小学校長、志摩範夫さん(65)が机の中から出してくれたのは、ガリ版に使う鉄筆3本とヤスリばんだ。

     教員になりたての頃、原紙のマス目からはみ出さないよう一字一字丁寧に書いたことを思い出すという。「先輩教員に『上手になったね』とほめられ、ガリ版が大好きになった。学級通信、ドリル、テストなど、何でもわら半紙に刷りました」

     ガリ版は正式には、謄写版という。薄くロウが塗られた原紙をヤスリ板に載せ、先のとがった鉄筆で字や絵をかく。その際、「ガリ、ガリ」と音がするのでガリ版と呼ばれるようになった。原紙をわら半紙などに重ね、インクをつけたローラーで刷ると、鉄筆で削られた部分にインクがしみ出て印刷できる。「1枚ずつ刷るので手間はかかるが、手作りの味わいがあった」と志摩さんは話す。

     さいたま市の古野えいこさん(61)は、福岡市の小学校で6年生の時にガリ版で作った卒業文集を大切に保存している。古野さんを含めて字のきれいな女子7、8人が選ばれ、放課後の職員室で級友42人の作品を分担したという。「鉄筆で書く時、力を入れすぎると紙が破れ、力が弱いと字が浮き出ず、加減が難しかった」と回想する手紙を寄せた。

     謄写版を発明したのは、滋賀県出身の堀井新治郎、耕造父子だ。同県東近江市に残る自宅は、1998年に「ガリ版伝承館」としてオープンした(土日のみ開館)。岡田文伸館長(59)によると、新治郎は1893年に渡米して、発明王エジソンが作った印刷機を購入。翌年、父子でこれに大幅な改良を加え、謄写版の1号機を完成させた。

     謄写版は明治後期から大正期に学校や官庁、企業に普及したが、1960~70年代にコピー機や高速印刷機などに取って代わられた。

     70年ごろまで謄写版を販売していた印刷機メーカー「理想科学工業」(東京)は、80年にデジタル印刷機「リソグラフ」を発売した。大量に刷る場合、コピーより安価なので、今も多くの学校で使われている。広報部の佐藤千秋さん(43)は言う。「原版に熱で小さな穴を開けてインクを押し出す方式で、基本原理は謄写版と同じなんですよ」(飯田達人)


     「学校 モノ・風景」では学校生活を彩るモノや行事を通し、教室や子どもの暮らしの変遷をたどります。今後「給食の牛乳」などを取り上げる予定です。
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    2015年05月26日 08時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun