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    学校 モノ・風景

    大学紛争と長髪で姿消す…学生帽

    読売新聞教育部 広中正則
    • 東大応援部で今も引き継がれる学生帽
      東大応援部で今も引き継がれる学生帽

     「寮に転がっていた学生帽を誰のものでも構わずにかぶっていた」。

     東京都杉並区の熊谷晃さん(82)が1950年代、東京大学の学生だった時の思い出だ。上から見ると四角い「角帽」で、「かぶると気持ちが引き締まった」と振り返る。

     学生帽は、東大が制帽として定めた1886年頃から広まったとされる。大学の角帽に対し、旧制中学、高校では上から見ると円形の「丸帽」が主流。特に旧制高校では白い横線が2、3本入った丸帽が定番だった。白線帽に誇りを持つ旧制高校生は、上半身裸で農作業を手伝う時などにも、かぶっていたという。子供たちも白線帽にあこがれた。

     昭和の初めには小学校にまで定着。埼玉県熊谷市の小林藤次郎さん(82)は、戦中から戦後間もない時期、小、中、高校でかぶった学生帽の回想を本紙にファクスで寄せた。「先輩から後輩に学生帽を引き継ぐ習慣があって綻びると自分で針をあてて繕った。学生帽を通じた絆があった」

     だが、1960年代後半から学生帽は姿を消し始める。東京都文京区の東大本郷キャンパスの近くで帽子店を営んでいた野本維一これかずさん(74)は70年ごろ、店をたたんだ。大学紛争を経て、学生たちは個性を求め、画一的な学生帽を敬遠するようになったらしい。

     学生が長髪になり、帽子をかぶると髪形が乱れるのを嫌がったという見方もある。実際、長髪が増えたのに伴い、学生帽をかぶらない風潮が広がっていく。44歳の記者も高校1年生の時は坊主頭に学生帽だったが、2年生から長髪が許され、かぶらなくなった。卒業後、母校では「時代に合わない」と校則の着用規定自体をなくしていた。

     東京都台東区の帽子製造業、小沢博さん(88)は、「現在は福島県の公立小や東京都内の私立小向けに年約200個作るだけ。出荷量は60年前の1%以下に減った」と話す。

     東大でも2004年、学則から学生帽の着用規定が消えた。ただ、応援部では、今も旗手がかぶっている。主将の山東駿さんどうしゅんさん(21)は「伝統の重さを感じる。これからも守っていきたい」と語った。(広中正則)


     「学校 モノ・風景」では学校生活を彩るモノや行事を通し、教室や子どもの暮らしの変遷をたどります。今後「学生帽」「通信簿」「プール」などを取り上げる予定です。
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    2015年06月30日 08時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun