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    学校 モノ・風景

    姿変われど授業の中心…黒板

    読売新聞教育部 名倉透浩

     「授業の中心は先生の黒板書き。一生懸命ノートを取っていた」。黒板の思い出をファクスで寄せてくれた埼玉県朝霞市の志摩範夫さん(65)は、自身も小学校教諭として板書する立場になった。「色チョークで工夫した図も描き、わかりやすく丁寧に書くことを心がけた」と振り返る。

     黒板は明治期の1872年、大学南校(東京大の前身)の米国人教師が日本に持ち込んだのが最初とされ、その後、全国の学校に広まった。

     学校の用具に詳しい立正大非常勤講師の岩本努さん(73)は「書きながら説明できる黒板は、児童生徒の注目を集めやすかった」と解説する。当初は1・2メートル四方程度と小さかったが、教師たちの評判が良く面積が大きくなった。1910年代には、教室の後ろに、消さずに書き残しておくための黒板も設置された。

     表面の色は、その名の通り最初は黒だったが、60年ごろから緑色が主流になった。全国黒板工業連盟の北村勝也専務理事(73)は「黒は使い込むと鏡面のように反射してしまう。緑は書いた文字が見やすいし、教室が明るい雰囲気になる」と説明する。一方、材質は、木製から、60年代にはスチール製が増え、マグネットが使えるようになった。

     昔は塗料を紙ヤスリで磨き表面を仕上げる「研ぎ出し黒板」だった。現在は、ほとんどが機械仕上げだ。今も研ぎ出しで作る長野特殊黒板製作所(長野県)の武内稔社長(68)は「なめらかで書きやすく、消えやすいのが研ぎ出しの持ち味」と話す。

     ただ、最近はマーカーで書くホワイトボードに切り替える学校も目立つ。東京都新宿区は2011年度までに、約40の小中学校全校の黒板を撤去しホワイトボードを導入した。プロジェクターのスクリーン代わりにも使われる。

     板書の歴史に詳しい兵庫教育大の米田豊教授(59)は「黒板は授業の流れをわかりやすくし、写したノートを後で見返したときの理解も助けてくれる。ホワイトボードなど形態は変わっても、学校教育の中で果たす役割の大きさは変わらない」と強調した。(名倉透浩)

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    2015年09月15日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun