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    学校 モノ・風景

    心の手当て 役割増す…保健室

    読売新聞教育部 恒川良輔

     京都府京田辺市の岡本幹子さん(55)は高校時代、朝礼中に腹痛で倒れ、保健室に運ばれた。

     「ベッドに寝かされ、先生に『睡眠不足だった?』と声をかけられた。優しさと安心感に包まれた保健室で自分も将来働きたいと思った」という。岡本さんは現在、大阪市の公立中で養護教諭を務める。

     保健室は明治末期、伝染病対策を行う「治療室」として岐阜県の公立小学校に設けられたのが始まりとされる。学校の巡回医師を手伝う「学校看護婦」が常駐し、児童生徒の健康診断や衛生指導を行ったり、ベッドなどを備えたりする学校も出てきて、「医務室」「衛生室」などとも呼ばれた。

     大正期に広まったが、「保健室」が正式名称になるのは、戦後の1958年に学校保健法(当時)で各校への設置が義務づけられてから。すでに学校看護婦は教員に位置づけられ、呼び名も現在の「養護教諭」に変わっていた。

     学校保健に詳しい順天堂大の采女うねめ智津江教授は「専属の教員が必ずいることに、日本の保健室の独自性があった」と指摘する。保健室は、病気やけがの子どもの駆け込み寺となった。転んでひざをすりむいて保健室に行くと、白衣の先生が丸めた脱脂綿に消毒薬を浸してピンセットにつまみ、傷に塗ってくれた。皮膚が真っ赤にそまる赤チンや、傷口から白い泡を出すオキシドールはよく使われた。

     だが、80年前後から傷口を水洗いで処置する方法などが広がり、赤チンなどは薬品棚から姿を消していった。90年代になると、教室に向かわず保健室に通う「保健室登校」が注目されるようになった。今では、保健室に児童生徒の相談を受ける机やイスを置いたり、保護者らと直接連絡を取り合える専用電話を設置したりする学校が増えた。

     文部科学省の岩崎信子健康教育調査官は、「子どもの心と体の問題を扱う情報センターとしての機能が今の保健室には求められている」と話す。時代とともに役割は変化したが、保健室が児童生徒にとって、頼りになる存在であることに変わりはない。(恒川良輔)

     「学校 モノ・風景」では学校生活を彩るモノや行事を通し、教室や子どもの暮らしの変遷をたどります。今後「給食の食器」「体育着」などを取り上げます。エピソードに氏名、連絡先を添え下記の宛先へお寄せ下さい。
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    2015年10月13日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun