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    学校、受験など教育に関する掘り下げた記事をタイトルごとに掲載します。
    スクールデイズ

    ギターが救い 自分の世界…沖仁さん

    聞き手・名倉透浩

    フラメンコギタリスト

    • 安斎晃撮影
      安斎晃撮影

     小学校3年の時、父親が静岡でペンションを始め、東京の大きな学校から、伊豆高原の小さな学校に転校しましたが、なじめなくてね。

     友だちがあまりできなくて、いつも4人きょうだいで自然の中で遊んでいました。

     両親の教育方針は、「一つの楽器と一つのスポーツと一つの語学を身につける」。スポーツはテニス、語学は英語に取り組みました。ところが、楽器は続きませんでした。親の勧めで小学校3年でピアノを始めましたが、2年ぐらいで嫌になり、その後習った尺八も約2年でやめました。

     「こういう音楽ならやってみたい」と初めて思ったのが14歳の時、ロックバンドの「BO●WY」の曲を聴いた時です。家にあったエレキギターにのめり込み、ずっと弾いていました。同級生らと青春を楽しむわけでもなく、もんもんとした日々を送っていましたが、ギターを弾くことで鬱屈うっくつした思いを解消できる感じがありました。自分が本当に満たされる、逃げ込む場所がギターの世界でした。

     高校進学時に親元を離れ、東京の祖母の家から都立高校に通い、同級生らのバンドに入ってエレキギターを続けました。卒業後、カナダに1年間、語学留学しました。ギター教室にも通い、クラシックギターを弾くと、先生やホストファミリーら、いろいろな人が褒めてくれて。それまで演奏を評価されたことがなかったので、ギターを弾くことに自信が持てるようになりました。帰国後、フラメンコギターに出会い、スペインに渡って腕を磨きました。

     学校にうまくなじめない子は、学校以外で自分の世界を作ったらいいと思います。学校がすべてだと思うときつくなる。僕の場合はギターでした。だから、昔の僕と同じような思いをしている子がいたら、「学校以外のことで楽しいことを見つけようよ」と言ってあげたいですね。(聞き手・名倉透浩)

    プロフィル
    おき・じん
     1974年、長野県生まれ。2010年、スペインのフラメンコギター国際コンクールの国際部門で優勝。9月に終了したフジテレビ系「ヨルタモリ」では常連客役で出演。11月には東京、大阪、名古屋でコンサートを開く。

     

     ※●はOに斜線。

     (2015年10月8日付読売新聞朝刊掲載)

    2015年10月12日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun