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    スクールデイズ

    「青春は有限」何事も熱心に…朝井リョウさん

    聞き手・恒川良輔

    作家

    • 朝井リョウさん(立石紀和撮影)
      朝井リョウさん(立石紀和撮影)

     高校卒業まで岐阜県垂井町で過ごしました。本が好きで、幼稚園児だった頃に、自分が考えた童話のような物語を書いていたのを覚えています。
     小学校6年生で文芸誌の新人賞に投稿を始め、中学時代は原稿用紙300~500枚の長編を毎年1本完成させていました。漠然と、人生で1回は本を出したいと思っていました。

     文章を書き続けていると、自分を客観的に見るようになります。中学生の頃には「青春は有限である」と自覚し、できることは今のうちにやろうと意気込んでいました。執筆以外にも、中学では軟式テニス部、高校ではバレーボール部で汗を流し、中学では生徒会長も務めました。

     中でも熱心に取り組んだのは、体育祭の応援団です。中学でも高校でも立候補して、毎年続けました。高校は4団あり、3年生の時にはそのうちの一つ、白組の団長になりました。

     当日は応援合戦が何回かあり、24人の団員が太鼓に合わせて計5分半、踊ったり、声を張り上げたりします。数か月前から土日に友達の家に集まって、理系の副団長を中心に碁盤の上に石を置き、隊形移動について考えました。夏休みは午前中に部活、午後に応援団の練習、夜に反省会議と駆け回りました。執筆はほとんどできなかったけど、充実していましたね。

     高校の卒業式の日に、世界の見方が少し変わる出来事がありました。担任の岩田豊子先生(59)が最後のホームルームで、大学卒業時に教員採用試験に失敗し、先生になったのは結婚、出産を経て32歳になってからだと話してくれたのです。卒業後、もし、うまくいかない時期があったとしても大丈夫だから、との励ましの言葉だったと思うのですが、先生に先生じゃない時期があったことに衝撃を受けました。

     考えたら当然なのですが、それまで想像したこともなかったんですよ。自分が見ている世界はほんの一面だと気づき、物事を多面的に見る意識を持ち始めました。

     今でも新刊が出ると先生に贈っています。様々なことを気づかせてくれた学校生活はキラキラした楽しい日々として、心の中に大切にしまっています。(聞き手・恒川良輔)

    プロフィル
    あさい・りょう
     1989年、岐阜県垂井町生まれ。早稲田大在学中の2009年、デビュー作「桐島、部活やめるってよ」で小説すばる新人賞、13年に「何者」で直木賞を受賞した。近著は現代アイドルを描いた「武道館」。

     (2015年9月10日付読売新聞朝刊掲載)

    2015年09月14日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun