文字サイズ
    学校、受験など教育に関する掘り下げた記事をタイトルごとに掲載します。
    スクールデイズ

    少年期は サッカーのエース…宮本和知さん

    聞き手・名倉透浩

    元巨人軍投手

    • 宮本和知さん(杉本昌大撮影)
      宮本和知さん(杉本昌大撮影)

     地元に少年野球のチームがなかったこともあり、小学校3年からサッカーをやっていました。

     6年生の時には山口県の大会で優勝しました。ポジションはフォワード。決勝でゴールも決めたんですよ。中学でもサッカー部に入りましたが、コーチが厳しくて……。2、3回行ってやめて、野球を始めました。サッカーは県大会で優勝して燃え尽き症候群のような感じになっていたし、当時はJリーグもなく、夢を感じられなかったんです。

     おやじの影響もありました。毎日、テレビで巨人戦を見ていた。口数の少ないおやじですが、その背中を見て、「もしかしたら野球をやってほしいのかな」と子ども心に感じました。

     中学の頃は一塁手。背が低くてパワーもなかったけれど、ゴロをさばくのは得意だった。元気だけで主将にもなりました。投手を始めたのは下関工業高2年の夏からです。入学した時、身長は160センチしかなく、ポジションもなかったんですが、強豪の宇部商業との練習試合を前に、たまたま同級生の投手2人が肩を壊して投げる人がいなかった。矢野真監督から「お前、やりたいって言っていたな。ちょっと投げろ」と。

     結果は完封。カーブが良かったんです。その落差に同級生は驚いていましたね。これで、エースに抜てきされました。

     矢野監督は厳しかったけど、愛情がありました。技術うんぬんでなく、チームスポーツで一番大切な、「和を乱さない」ことを教えてくれました。厳しいサッカー部のコーチも、僕を野球に導いてくれた人だと思います。今は、テレビでバラエティー番組などに出してもらっているけれど、学生時代の経験は、すべて生きています。感謝ですね。(聞き手・名倉透浩)

    プロフィル
    みやもと・かずとも
     1964年、山口県生まれ。85年読売巨人軍入団、89年日本シリーズなどで3度の胴上げ投手に。日本テレビの「ズームイン!!サタデー」「妻にはショナイで!」などに出演中。

     (2015年4月16日付読売新聞朝刊掲載)

    2015年04月20日 08時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun