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    スクールデイズ

    サッカー引退 映画製作に熱中…泉麻人さん

    聞き手・石塚公康

    コラムニスト

    • 泉麻人さん(橘薫撮影)
      泉麻人さん(橘薫撮影)

     地元の東京都新宿区立小学校から、私立の慶応義塾中等部(東京都)、慶応義塾高校(横浜市)に進みました。

     高校では父が数学教師として勤めていたので、友だちから「いい子」に見られたくなくて、不良ぶった時期もあります。

     父は暇さえあれば数学の難問を解いては喜んでいるような人で、好きなことに打ち込む姿勢を教わりました。内部推薦で大学に進むことができたので、受験勉強に時間をとられることがなく、やりたいことに熱中できる環境でもありました。

     中学の時にサッカーを始め、高校入学後も続けました。練習は厳しく、それなりのしごきもありました。だらけて練習していると、先輩から命じられてグラウンドを10周ぐらい走らされるので、僕らは恐れていました。

     レギュラーの座はつかめませんでしたが、根性はついたと思います。今でも苦しいことがあると、「あのつらさに比べたら!」と、自分を励ましています。

     好きなサッカーでしたが、2年生の秋に十二指腸潰瘍を患ったことで、選手を引退しました。マネジャーの立場で部に残りましたが、ぶらぶらしている僕にクラスメートが声を掛けてくれ、自主製作映画の同好会「8ミリシネクラブ」に入りました。

     先輩が作ったコメディー映画で間抜けな子を演じるなどしましたが、思い出深いのは映像に合わせて足音などを吹き込む「音付け」。夏に友だちの家に集まり、廊下で手に持った靴を床に打ち付けて、汗をかきながら録音しました。

     サッカーから映画製作へと、打ち込んだことは変わりましたが、おかげで表現することの面白さに目覚めました。文章を書いて世の中に発信していくという今の仕事につながった気がしますね。(聞き手・石塚公康)

    プロフィル
    いずみ・あさと
     1956年、東京都生まれ。慶応大学卒業。「週刊TVガイド」の記者などを経てフリーに。近著に「還暦シェアハウス」「80年代しりとりコラム」「大東京23区散歩」など。気象予報士でもある。

     (2015年8月20日付読売新聞朝刊掲載)

    2015年08月24日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun