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    子育て・生活・文化

    正月を知らない子どもたち…貧困がもたらす国の損失

    立教大学教授 湯澤直美

    尊厳を奪いかねない生活保護へのまなざし

     また、実際には、生活保護基準に満たない所得水準でありながらも、生活保護を受給していない貧困層は広範に存在している。そのような貧困層も対象として推計すれば、子どもの貧困対策を講じなかった場合の将来の経済的損失は更に大きいことになる。

     制度がその対象となる人をどの程度カバーできているのかを示す割合を捕捉率という。日本は、先進諸国のなかでも生活保護の捕捉率が低いことで知られている。

     厚生労働省が生活保護基準未満の低所得世帯を推計したデータをみると、平成19年国民生活基礎調査をもとにした推計では、子どものいる総世帯数は1,256万世帯。そのうち生活保護基準である最低生活費未満の世帯は154万世帯と推計されたことから、子どものいる世帯に占める低所得世帯の比率は12.2%になる(所得のみを要件とした場合)。こうした低所得世帯のうち、実際に生活保護を受給する被保護世帯数は12万世帯である。つまり、最低生活費未満の154万世帯と被保護世帯の12万世帯を合せた166万世帯のうち、実際に生活保護を受けている比率は7.4%に過ぎないという結果であった。(厚生労働省「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について」:2010年)[1]。

     生活が苦しくても生活保護が利用されないのはなぜか。何よりも厳しい社会の目がある。全生活保護受給世帯数に占める不正受給件数は2.4%(2011年度)であるのに対し、バッシングともとれる生活保護批判は受給層全体へと向けられがちである。社会福祉を利用することへの抵抗感が、困窮状況にある人々に広がっている。実際、経済困窮状況にある若い人たちと話をすると、「絶対に生活保護だけは受けたくない」と言う。

     どんなに苦しくても自分でやっていく、と言い切るのだ。自己責任、勝ち組/負け組という論調もあいまって、「助けて」と言えない人々が増えるばかりか、低年齢化しているのである。いまや、子どもがいる低所得世帯を対象とした就学援助制度すら、子どもがいじめにあうことを恐れて申請しない、という保護者に出会うことも珍しくない。彼らが社会の目にとまるのは、餓死など悲惨な状況となって事件化してからである。

     あらゆるものを「持たない」状況にならないと、生活保護は受給できない。たとえば自動車は資産となり、原則処分とされている(障害をもつ場合の通勤・通院等は認められる場合もある)。

     しかし、交通機関が整備されていない地方では、自動車はぜいたく品ではなく、移動のための必需品である場合も多い。車が使えないが故に凍える冬に遠方の保育所に連れていけず、ママ友の通園時に一緒に乗せてもらう、という肩身の狭い思いをしている厳寒地の母親もいる。また、これまでは、生活保護世帯の高校生自身のアルバイト代や奨学金を塾代に使用すると、保護費が減額されてきた。このルールは、ようやく2015年10月以降改められたが、高校卒業後の進学の壁はまだまだ高い。

     いったん生活保護を受給すれば、地域社会の厳しい監視の目にさらされる。奪われかねないのは自分への誇りや尊厳だ。

    ホームレスはどんな子ども時代を送ったか

    • 子どもたちと年越しを過ごすツアーの一こま(大阪子どもの貧困アクショングループ提供)
      子どもたちと年越しを過ごすツアーの一こま(大阪子どもの貧困アクショングループ提供)

     筆者は、ある数字をみて愕然(がくぜん)としたことがある。ある自治体で、2005年度に生活保護廃止となった世帯の世帯主の学歴階層を計算した。政府の統計では、学歴をとっていないためだ。ほとんどの世帯類型で、中卒が6~8割を占める。母子世帯の母親の場合には、中卒の割合は48.7%で他の世帯類型と比較すると低い数値だが、それでも約5割を占めているのである(図2)。いずれの世帯類型でも、高校中退によって中卒である者の比率は低く、高校に進学しなかった者が多い。

    • (図2)生活保護廃止世帯の世帯類型別の学歴構成 (A自治体:2005年度保護廃止世帯、単位:%、湯澤直美・藤原千沙(2009)「生活保護世帯の世帯構造と個人指標」(『社会福祉学』50巻1号)をもとに作成)
      (図2)生活保護廃止世帯の世帯類型別の学歴構成 (A自治体:2005年度保護廃止世帯、単位:%、湯澤直美・藤原千沙(2009)「生活保護世帯の世帯構造と個人指標」(『社会福祉学』50巻1号)をもとに作成)

     このような数値を国民全体の動向と比較するため、国勢調査をもとに生まれた世代別にみたものが(図3)である。世代が若くなるにつれ、国勢調査では中卒割合が低く、生活保護世帯では中卒割合が高いことが明白である。みなさんは、このような数字から何を想像するだろうか。

    • (図3) 生活保護廃止世帯(A自治体:2005年度保護廃止世帯)の学歴構成:国勢調査との比較、湯澤直美・藤原千沙(2009)「生活保護世帯の世帯構造と個人指標」(『社会福祉学』50巻1号)をもとに作成)
      (図3) 生活保護廃止世帯(A自治体:2005年度保護廃止世帯)の学歴構成:国勢調査との比較、湯澤直美・藤原千沙(2009)「生活保護世帯の世帯構造と個人指標」(『社会福祉学』50巻1号)をもとに作成)

     子ども期から困窮状況にさらされ、教育を受ける機会が十分に保障されなかった人々の生活史は統計数値に表しにくいために、あまり知られていない。

     3~4年前、路上で生活する状態になった人々、いわゆるホームレスのかたが多くいる都内のある地域で、長い髪の毛がコールタールのように固まっている男性に話を聴いた。

     さとしさん(仮名)は、まだ30歳代前半。ある地方都市で育つ。親の病気等で家計が急変したことから、アルバイトをしながら定時制高校へ進学。しかし、体力もきつくやむなく中退。もともと若者が働ける職場が少ない地域であり、定職をみつけようにも中卒では更に厳しい。仕事を求めて上京、非正規だが港湾労働者として働いてきた。しかし、転機が訪れる。腰を痛め失職。それからはすべり台をおりるように人生が失速し、公園でひとり、生きている[2]。

     「子どもの貧困」は「見えにくい」と言われている。しかし、ホームレス状態にある人々、生活保護を受けている人々のなかに、「見える」のである。

    2016年01月15日 10時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun