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    学校、受験など教育に関する掘り下げた記事をタイトルごとに掲載します。
    子育て・生活・文化

    正月を知らない子どもたち…貧困がもたらす国の損失

    立教大学教授 湯澤直美

    改善の鍵は高校中退率の低減

     社会的損失の推計の「改善シナリオ」とは、生活保護世帯・児童養護施設・ひとり親家庭の子どもの高校進学率と中退率を全国平均並みに改善させ、大学進学率も上げるような支援を国などがした場合をさしている。教育格差をいかに改善するか、そのポイントのひとつに高校中退率の低減があるとレポートは指摘している。

     実は、高校中退率は学校種別によって大きく開きがある。全日制普通科の中途退学率は0.9%であるのに対し、通信制は5.2%、定時制では11.1%と1割を超えている。しかも、これは1学年での中退率なので、最終学年までを合計した中退率は更に高くなる。さとしさんが中退したのは特別なことではないともいえる。

    定時制高校は教育の安全網

     家計や教育費のために、働きながら高校に通う若者は今なお少なくない。若者の労働を搾取するブラックバイトが広がる現代では、学業と仕事の両立は一層厳しい。ところが、各地で定時制高校の統廃合や閉鎖の動きが進んでいる。教育のセーフティーネットとも言える定時制高校。身近な場所になくなるとどうなるだろうか。まりさん(仮名)の例でみてみよう。

     まりさんは、夕方までアルバイトをしながら、夜間定時制高校に通っていた。しかし、その学校が統廃合されてしまい、1時間以上遠くにある定時制高校に通わざるを得なくなった。アルバイトを早く切り上げねばならなくなり、収入が減った。

     通学の交通費は余計にかかるようになり、定期代も出せなくなる。仕方なく、毎日切符で通うことに。それでも頑張って登校していたが、ある日、バイト先の雇い主からこう言われる。「主婦のほうが使いやすいんだよね」と。シフトで融通の利かない定時制高校生は使いにくい、というのだ。

     バイト先を首になったまりさんは、次の仕事がみつからず、学校納付金も払えなくなり、間もなく中退に追い込まれた。それでも、弟や妹には進学してほしい。まりさんは、職を求めて10か所以上応募したが、中卒で雇ってくれるところはない。そんなある日、街頭で声をかけてくる男性がいた。(もう)かる夜の仕事があるよ……と。

    「不利の雪だるま」とは?

    • 夜の街にたたずむ少女(本文とは関係ありません)
      夜の街にたたずむ少女(本文とは関係ありません)

     さとしさんやまりさんの人生をみると、ひとつの不利が、更なる次の不利につながり、自分の努力だけではどうにもならない事態に陥っていくことがわかる。不利が累積するのである。これを、私は「不利の雪だるま」と呼んでいる。

     家庭の経済力が教育格差に直結する社会システムをそのまま放置すれば、不利の雪だるまが子どもの人生に立ちふさがり、子どもの基本的権利を剥奪していくのである。社会的に不利が生み出されるのだから、社会的に不利を生み出さない制度や政策が必要だ。

     ユネスコ「学習権宣言」にはこう明記されている。「学習権はたんなる経済発展の手段ではない。それは基本的権利のひとつとして捉えられなければならない」「学習活動はあらゆる教育活動の中心に位置づけられ、人々を、なりゆきまかせの客体から、自らの歴史をつくる主体にかえていくものである」と。

     「学ぶことは生きることです」。ある定時制高校生の言葉である。

    2016年01月15日 10時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun