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    学校 モノ・風景

    子どもの顔見ながら伴奏…オルガン

    読売新聞教育部 広中正則

     「教室で先生が弾く足踏みオルガンの伴奏に合わせ、『春の小川』や『ちょうちょう』を歌っていました」。昭和初期の1930年代後半、大阪府豊中市の尋常小学校に通った大森幹子さん(83)の心に残る風景だ。

     男の先生は、伴奏で音程を外すこともあったが、一生懸命弾いてくれた。「ぬくもりのある柔らかな音色を聴きながら、声をそろえて歌うのは本当に楽しかった」と懐かしむ大森さんは、後にオルガン奏者になった。

     オルガンの文化史に詳しいフリーライターの赤井れいさん(64)によると、音楽教育用の唱歌を正しい音程で覚えてもらうため、教師が伴奏する楽器が必要になった。このため明治中期の1890年前後から、ピアノより安価な「足踏みオルガン」が学校に広く導入された。

     元々はキリスト教の宣教師らが日本に持ち込んだもので、国内で大量生産されるようになった。両足で交互にペダルを踏んで空気を起こし、「リード」という金属片を震わせて音を出すため、正式には「リードオルガン」と呼ばれる。膝近くに音量を変えるレバーがあるほか、音色を調節するつまみが付いたタイプもある。

     「ピアノに比べてサイズが小さいので持ち運びが簡単。調律もしやすかったので、教師は重宝したと思う」と赤井さん。授業で使うほか、運動会では校庭に運び出し、児童らの踊りの伴奏などにも使われたという。

     大手楽器メーカーのヤマハによると、リードオルガンは、高度成長期の1969年に生産のピークを迎えた。伴奏用に各教室に配置されるだけでなく、音楽室に30~40台置いて、児童たちに弾かせる小学校も珍しくなかった。だが、80年前後から電子オルガンが普及し始め、学校用のリードオルガンは、88年に生産が打ち切られた。

     様々な楽器の音色が出せ、自動演奏もできる電子オルガンは音楽の授業の幅を広げた。ピアノを好む教師も多いが、音楽教師を30年以上続ける千葉県習志野市立袖ヶ浦東小の石井幸恵教諭は、「今も昔もオルガンは、子どもの顔を近くで見ながら伴奏できるのがいい」と話した。(広中正則)

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    2016年01月26日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun