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    学校 モノ・風景

    戦前 素足か足袋か草履…上履き

    読売新聞教育部 高山千香

     「校内では夏場は素足。寒くなるとわら草履、真冬は足袋の上にわら草履を履いた。足袋を履かずにいつまで頑張れるか同級生と競い合ったものです」

     東京都練馬区の中牧修さん(82)が、長野県の国民学校時代などの思い出をファクスで寄せてくれた。兵庫県川西市の田口光子さん(83)も島根県の学校時代、「夏は素足、冬は鼻緒に赤い布を付けたわら草履でした」とのはがきを送ってくれた。

     上履きの歴史などに詳しい河村美穂・埼玉大教授(54)(教育学)は、「明治以降、洋式で板張りの学校が建てられたが、玄関で履物を脱ぐ習慣は維持されていた」と説明する。ただ、戦前は明確な「上履き」は存在せず、子どもは素足か、足袋や草履を履いていたらしい。

     河村教授や靴メーカーによると、戦後しばらくしてから、甲の部分がゴムになった外履き用の靴が上履きに流用された。1950年代後半には、バレエシューズに似た上履き向けの靴も開発された。それ以降、上履き専用の靴が定着していった。

     千葉県八街市の宇野香都里さん(50)は、「我が家の子どもたちの上履きは、爪先の色が黄、緑、青など学年ごとに決まっていた。育ち盛りの息子は上履きを持ち帰る度、足が大きくなりよく買い替えました」との思い出をファクスで送ってくれた。

     最近は、上履きの履き方などが、生徒指導のきっかけになることもある。

     さいたま市の小学校教諭、高橋智美さん(30)は、かかとの部分を踏んで上履きを履いたり、げた箱にそろえて入れていなかったりする児童がいると、「生活の乱れにつながりやすい」として注意するという。

     丈夫な運動靴を上履きにする学校も増えている。靴メーカー「アキレス」(東京)によると、東北地方の学校などが同社の白い運動靴を上履きに指定している。脱げにくく、かかとの部分も踏みにくい。衝撃などから足をしっかり守れる。「地震などの災害時、校外に走って逃げやすいため、東日本大震災以降、利用が広がっています」と同社シューズ事業部の津端裕さん(55)は話した。(高山千香)

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    2016年02月23日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun