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    スクールデイズ

    演劇部長、大会出場に奔走…鴻上尚史さん

    聞き手・恒川良輔

    作家・演出家

    • 鴻上尚史さん(橘薫撮影)
      鴻上尚史さん(橘薫撮影)

     高校卒業まで愛媛県新居浜市で過ごしました。

     中学では軟式テニス部に所属しましたが、週に1度、授業の一環として行われるクラブ活動では演劇を選択しました。せりふの意味を考え、役を演じると、頭と体の両方が鍛えられると思ったからです。

     舞台では、ふだん口が達者で賢そうな同級生が弱々しく見えたり、おとなしい女子がドキッとさせる動きをしたり。人間の本質を現すような演劇に魅せられ、テニスより熱中しました。

     進学した県立新居浜西高では迷わず演劇部に入り、2年生から部長を務め、演出もしました。顧問は世界史の三井博先生。授業では、歴史の面白さを伝えようとする語り口と、子ども時代を過ごした満州(現中国東北部)の思い出話が楽しみでした。

     一方、演劇部の指導では余計なことは言わず、僕たちが考えた稽古を見守ってくれました。ただ、当時の演劇には「反体制」のイメージが強くあり、愛媛県では、県立高校の演劇部が、他校と交流したりコンクールに参加したりするのは難しい状況でした。

     それでも、部長になった僕は、全国高校演劇大会に出場したいと三井先生に訴えました。先生は手を尽くし、県大会への出場が認められました。他に出場したのは私立高1校だけ。僕たちはゴーリキーの「どん底」を上演し、相手校からも絶賛されましたが、結果は2位で、四国大会への出場はかないませんでした。3年生では「次こそ」と意気込みましたが、県大会への出場自体が許されませんでした。

     誰がストップをかけたのかはわかりません。僕が絶望しなかったのは、「鴻上君、ダメだったよ」と申し訳なさそうに話す三井先生がいたからです。先生がいなければ、大人はみんな信用できないと思っていたでしょう。

     2001年から、新居浜市で地元の高校生を対象に演劇の体験教室を始めました。三井先生も、よく会場に顔を出し、昔と変わらずニコニコと僕を見守ってくれました。もう定年退職されましたが、先生への感謝は、演劇を続ける僕の血肉になっています。(聞き手・恒川良輔)

    プロフィル
    こうかみ・しょうじ
     1958年、愛媛県生まれ。早稲田大在学中の81年に劇団「第三舞台」を旗揚げした。現在は、若手俳優と結成した「虚構の劇団」や演劇ユニット「KOKAMI@network」などで活動。4月から舞台「イントレランスの祭」を東京と大阪で上演する。

    (2016年3月17日付読売新聞朝刊掲載)

    2016年03月21日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun