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    学校 モノ・風景

    競技多彩 地域の人参加も…運動会

    読売新聞教育部 石井正博

     「娯楽が少ない貧しい時代。運動会は、村のお祭りでした」。埼玉県ときがわ町の岡野芳太さん(79)は、小学校6年生の運動会の思い出をはがきで寄せてくれた。住民も参加した地区別対抗リレーは、はだしで走った。

     岡山県津山市の古林勇二さん(71)からは、「高校教員時代、運動会の種目に自転車の車輪を棒で押しながら走る『リム回し』があった」と懐かしむメールが届いた。

     学校教育の歴史に詳しい吉見俊哉・東京大教授(59)によると、明治初期の1874年、東京の海軍兵学寮(兵学校)で英国人が指導し、徒競走、走り高跳び、三段跳びなどを行った「競闘遊戯会」が日本初の運動会とされる。その後、札幌農学校(現北海道大)や東大でも運動会が開かれ、札幌農学校ではパン食い競走も行われた。

     一方、小中学校などでは明治中期以降、綱引きや軍隊式の旗奪いなどを紅白などの組対抗で行う運動会が広まった。当初は、校外の河原や神社の境内が会場だったが、明治末期に校庭が設置され、校内で行われるようになった。「このころから地域の人や保護者が見学し、参加もする運動会になり、玉入れ、むかで競走など遊戯的な競技も増えていった」と吉見教授。

     戦後の高度成長期前後には、運動会の運営法、フォークダンスや棒倒しなど人気種目の指導法などを紹介する書籍が登場。だるまの張り子を使った競技も人気で、神奈川県小田原市の市立久野小学校では、1年生が2人でだるまを抱えて走る「だるま運び」を今も続ける。

     最近は、秋が中心だった運動会を5~6月に開く学校が増えた。徒競走で順位をつけないなど「競争のない運動会」を目指す学校も一時は目立った。少子化で児童生徒の数が減って競技時間が短縮され、盛り上がりにかけるという指摘もある。

     東京都内の小学校長を今年3月まで務めた岡村克志・国士舘大教授(54)は、「組み体操は危険だと中止する動きなどもあるが、高さは競わず完成度を磨くなどの工夫を凝らし、感動や一体感を表現できる運動会にしてほしい」と話した。(石井正博)

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    2016年06月07日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun