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    スクールデイズ

    身に着けた 楽しい「よろい」…中川翔子さん

    聞き手・石井正博

    タレント

    • 中川翔子さん(三浦邦彦撮影)
      中川翔子さん(三浦邦彦撮影)

     東京都中野区で生まれ育ち、地元の区立小学校に通いました。授業中、手を挙げると顔が真っ赤になり、発言できなくなるほど内気な子どもでした。

     9歳の時、歌手だった父(中川勝彦さん)を亡くしました。母は仕事で忙しく、私は自宅に1人でいることが多い「鍵っ子」でした。部屋で猫たちに囲まれ、絵を描いたり、漫画を読んだり、アニメを見たりするのが好きでしたね。

     宇宙にあこがれ、夏休みの自由研究では、木星について調べて賞をもらったこともあります。ただ、学校で周囲とコミュニケーションをとるのは苦手でした。

     小学6年生の時、担任の女性の先生から、「中川さんは絵が得意だから」と、卒業文集の表紙の絵を描くことを任されました。私のようにクラスの中でおとなしい子でも、良い所や得意な分野を見つけ、自信を付けさせてくれる先生でした。卒業の時は、「中川さんは将来、多分、芸能界に行くわね」と言ってくれました。

     中学入学後、私はいじめにあいました。友達の輪に入れず、アニメ好きなことなどを「キモイ」と言う人たちがいたのです。不登校になった時期もありました。

     私は、「悩む時間があるなら、それを好きなことに打ち込む時間に使おう」と、松田聖子さんの歌を聴きまくったり、楳図かずおさんの漫画を読みまくったりしました。ブルース・リーにあこがれ、運動が苦手なのに、ヌンチャクの練習も始めました。

     やがて、特撮ヒーロー番組「未来戦隊タイムレンジャー」のヒロインへの憧れも募り、芸能界を目指すようになったのです。当時、好きでやっていたことが、すべて今の仕事の種になっています。

     先日、「やりたいことを思い切りやっていいんだよ」と言ってくれた小学6年の担任の先生が、私が出演したミュージカルを見に来られ、私の成長を涙を流して喜んでいました。

     私は学校時代に、嫌なことをはねのける、楽しい「よろい」を身に着けられたと思っています。(聞き手・石井正博)

    プロフィル
    なかがわ・しょうこ
     1985年、東京生まれ。2002年、「ミス週刊少年マガジン」に選ばれデビュー。歌手や声優など様々な分野で活躍。人気ゲームの世界を描いたショー「ドラゴンクエスト ライブスペクタクルツアー」に出演し、8月下旬まで全国5都市を回る。

    (2016年7月21日付読売新聞朝刊掲載)

    2016年08月01日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun