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    学校 モノ・風景

    ブレザータイプが増加…制服

    読売新聞教育部 朝来野祥子

     「家が貧しく、あまり洋服がなかった。服装が気になる思春期、制服があって実にありがたかった」。山梨県富士吉田市の農業渡辺庄吉さん(64)が黒い詰め襟を着て通った中学、高校時代を振り返り、ファクスを送ってくれた。「制服でどこの学校か分かるので、振る舞いにも気をつけるようになった」という。

     学生服の歴史に詳しいお茶の水女子大の難波知子助教(服飾史)によると、1879年、学習院がホック留めの海軍士官型の詰め襟を男子制服に導入。86年に帝国大学が金ボタンの詰め襟を取り入れると、そのスタイルが各地に広まった。難波助教は「帝国大学の学生が着ることでエリートのシンボルとしての憧れが生まれ、普及したのではないか」と話す。

     一方、女子学生は、明治時代には着物にはかまが定番だったが、大正時代に入ると、ヨーロッパの女子生徒が着ていたセーラー服を採用する日本の学校が出てきた。京都市の平安女学院は1920年、セーラー襟の制服を日本で初めて導入。同学院によると、当時の制服は腰にベルトを巻くワンピースタイプで、他校の学生にも好評だったとの記録があるという。

     80年代以降は男女とも、ブレザータイプに人気が集まっている。制服を変更する中学校、高校は例年200校前後あるが、学生服大手のトンボ(岡山市)によると、詰め襟やセーラー服をブレザーに替える学校が徐々に増えているという。色や柄の組み合わせによっておしゃれな着こなしができ、マーケティング課の槙野陽介副課長は「詰め襟やセーラー服に比べて、学校の個性やカラーを表現しやすいのではないか」と説明する。

     工業高校2校を統合再編し、今年4月に開校した京都市立京都工学院高校では、女子の制服に、少女漫画雑誌の人気作品の主人公が着ていたのと同じデザインを採用した。男子生徒が大半という工業高校のイメージを払拭し、女子生徒にも多く入学してもらおうと考えたからだが、実際、学校説明会での試着も人気で、女子の受験生も増えたという。砂田浩彰校長は「制服の発信力にとても驚いている」と頬を緩めた。(朝来野祥子)

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    2016年10月11日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun