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    大学の実力

    シリコンバレーは日本に生まれるか?

     いまの大学改革ではイノベーションは持続しない――。東京大学エッジキャピタル(UTEC)の代表取締役社長、 郷治 ( ごうじ ) 友孝氏は、国立大学改革や国の政策の現状を危惧します。大学発のベンチャー(起業)に資金を投じ、産業化への支援をする「ベンチャー・キャピタリスト」の立場から、課題を語ってもらいました。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)

    成果主義で先細り?

    • 郷治友孝(UTEC社長)
      郷治友孝(UTEC社長)

    ――国立大学改革をどう見ていますか。

     

    郷治 2004年の国立大学法人化以降、成果主義的になっています。大規模な研究をする先生には大きな予算がつく一方、独創的ではあっても基礎的な研究に取り組む先生には光が当たらなくなっている。成果がすぐ出るわけでないからでしょう。今回のような国立大学改革で近視眼的な成果を毎年求めることになると、長期的な視野の、幅の広い、独創性の部分が細り、結果的に日本の科学技術のレベル、イノベーションの底力を下げることにならないでしょうか。

    ――郷治さんご自身の経験から感じていることですか。

    郷治 そうです。例えば大阪大学のある先生は、電子レンジなどで使われるマイクロ波で化学反応を効率的に起こせるという技術を開発しました。化学品を従来よりも純度が高く、より効率的に作れるようになるため、世界から注目されています。化学産業の根底を覆すかもしれません。しかし、成果主義的な評価方法だけで測れば、この先生の研究は、見出されない危険性が高い。国立大学の新たな評価方法は、こうした地道な研究を損なわない評価方法であってほしいです。

    ――大学の研究が社会に役立っていないという批判が、改革の根底にあるように見えます。

    郷治 研究そのものと言うより、大学の産学連携の在り方に問題があったのではないでしょうか。従来の産学連携の相手は大企業が主でした。そこで新しい技術が生まれても、市場規模が見込めないと、大企業は事業化に予算を投入しません。大企業の目線で、実用化の道が閉ざされてきたのです。

     そこで研究を社会に出すためにベンチャーが必要になるのです。それを支える資本がベンチャー・キャピタルで、弊社はその一つ。計300億円のファンドを持ち、11年間で60数社に投資してきました。

     ベンチャーが身近になってきたのでしょう。研究者と学生の意識が変わりました。従来の研究者は、社会で自分の研究がどのように使われるのかを意識していなかった。ところがいまは、研究者から起業の相談が増えている。学生も「起業」が人生の選択肢に入っている人が多く、相談をしょっちゅう受けています。

    グーグルは日本に生まれるか

    ――イノベーションはすでに始まっている、といってもいいのですか。

    郷治 まだまだ足りないですね。ベンチャーは確かに「身近な存在」にはなりました。でも、まだ「社会を変える存在」にはなっていません。株式市場で高い株価がつくベンチャーは出ていますが、大量の雇用を生み出し、産業構造まで変えるイノベーションにはほど遠い。私の考えるイノベーションとは、一昔前でいえば、ホンダやソニー、トヨタ、今ならグーグルやアップルのように、世界の人たちが、ベンチャーで生まれた新しい製品によって、生活の変化や恩恵を実感できる状態です。大学発のベンチャーが、実生活を本当に変えたという実感がなく、株式市場で話題になるレベルにとどまっていれば、イノベーションにはつながりません。

    ――大学改革でイノベーションを生み出す、という産業競争力会議の考えは幻想でしょうか。

    郷治 そこまでは言いません。ただ、現状のままでは、そこまで行くのは難しいだろうと思っているのです。

     今の日本のイノベーションの推進施策は一本足です。1大学、1研究室、1人の研究者に集中投下する傾向が強い。たとえば、東京大学、京都大学、大阪大学、東北大学の4大学に計1000億円もの予算を投下して、それぞれの大学の中の研究をベンチャー化させようとしている「官民イノベーションプログラム」は、その典型ですね。これまでに政府から発表されているところでは、特定の大学の中の研究だけでイノベーションを起こそうとしています。世界的に見ると、多様なベンチャー・キャピタルの資金や知恵を活用し、研究については国境や大学の壁を取り払った取り組みで、大学発のイノベーションは起きています。日本でも、大学発のイノベーション創出で産業構造の転換を図りたいのならば、予算だけ大きくしても意味はなく、仕組み自体をオープンでイノベーティブなものにしたうえでやらなければ難しいでしょう。旧態依然とした「選択と集中」で新しいものが生まれるというのは幻想です。

    ――なるほど、産業構造まで変えるイノベーションを生み出すには、政策も見直さないといけないのですね。ほかにどのような課題がありますか。

    郷治 日本の産業界に、国内のベンチャーをよく見ていただきたいと願っています。日本の大企業は海外ベンチャーを高く買うのに、国内ベンチャーには見向きもしない傾向が根強いのです。

     日本の大学発ベンチャーの質は世界に高く評価されています。先ほど話したマイクロ波のベンチャーについても、欧州最大規模の化学メーカーと技術提携しましたが、日本の大手はなかなか見向きもしない。灯台下暗しです。日本企業が躊躇している間に、グーグルに買収された東京大学発ベンチャーも複数ありますよ。

     産業界が日本国内の大学発ベンチャーにも目を向けて、積極的に提携をすることで、起業する側も世界レベルの産業構造変化を視野に研究を進めるようになるはずです。大学改革だけでなく、産業界も視点を変えることで、米国にイノベーションをもたらした「シリコンバレー」を日本に実現することはできるはずです。

    2016年04月05日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun