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    スクールデイズ

    壁にぶつかるたびに成長…佐々木則夫さん

    聞き手・沢井友宏

    なでしこジャパン前監督

    • 佐々木則夫さん(佐々木美帆撮影)
      佐々木則夫さん(佐々木美帆撮影)

     山形県で生まれ育ち、小学生のとき、父の仕事の関係で東京と埼玉の学校に3回転校しました。

     方言が抜けない私がしゃべると、周囲に面白がられました。国語の教科書を声に出して読むと、「それで」を「んで」と言ってしまう。「則夫君、どこに『んで』って書いてあるの?」などと言われました。

     転校生の私は珍しがられ、昼休みに質問攻めにあったときは、トイレに行きそびれて授業中にお漏らしをしてしまいました。翌日、学校に行きづらくなった私を母は、「もうこれ以上落ち込むことはねぇだろ」と送り出しました。

     田舎を駆け回って育った私は、体力には自信があり、どの学校でも、体育の授業で足の速さや、持久力を見せつけていました。これらを生かそうと、小学4年生のとき、地元のスポーツ少年団でサッカーを始めました。最後に転校した埼玉県川口市の小学校の地域にはチームがなく、自分で10人ほど仲間を集めてサッカーをやっていました。

     中学校でもサッカー部に所属しましたが、けがばかりで試合にほとんど出場できませんでした。

     それでもサッカーを続けたいと、強豪校の帝京高校(東京)に進学しました。ところが、サッカー部員は1年生だけで約120人もいて、激しいレギュラー争いなどがあり、私は何度も辞めたいと思ったものです。

     そんな時に励ましてくれたのが、川口市の小学校で私が声をかけてサッカーを始めた友人や、中学校で共に汗を流した仲間たちでした。帝京に一緒に進学し、サッカー部に入りました。部活後、皆で自主練習をし、私は3年生のときに主将を任され、全国高校総体で優勝しました。

     監督だった古沼貞雄先生は、基本を大切にし、細かいことを言わずに任せてくれる人で、将来指導者になる夢が芽生えました。高校の図書館で、サッカー理論が書かれた本を読み研究もしました。

     学校時代、壁にぶつかるたびに成長できたことが、私の人生の支えになったと思います。(聞き手・沢井友宏)

    プロフィル
    ささき・のりお
     1958年、山形県生まれ。明治大学卒。学生、社会人を通じサッカー選手として活躍。大宮アルディージャ監督などを経て2007~16年、日本女子代表(なでしこジャパン)監督を務め、11年のワールドカップでチームを優勝に導いた。今春、十文字学園女子大学副学長に就任。

    (2016年11月17日付読売新聞朝刊掲載)

    2016年11月21日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun