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    スクールデイズ

    ガリ版刷りの同人誌作り…江上剛さん

    聞き手・広中正則

    作家

     兵庫県山南町(現丹波市)の山あいにある小学校に通っていた頃から、新聞や本の活字を読むのが好きでした。読書感想文で入賞すると、ノートや鉛筆がもらえるので、原稿用紙さえあれば寝っころがって作文を書いているような子どもでしたね。

     小学4年の時には、国語の教科書に載っていた物語を題材に学芸会の劇の脚本を書いて上演しました。寺の小僧さんが大人たちにいたずらをして最後はこらしめられるストーリーで、僕が配役もセリフも考えて、主役を務めました。見に来ていた町の人たちの拍手喝采を浴びて、お金を包んだおひねりも飛んできたほどです。自信になりました。

     中学校は野球部でしたが、兵庫県立柏原高校に進むと文芸部に入り、受験生をショーウィンドーに飾られたマネキンにたとえて小説を書いたこともあります。

     70年安保闘争の頃で、「自分とは何か」といった青年期特有の悩みも抱えていたのでしょう。椎名麟三(りんぞう)やサルトルの作品を部員でよく輪読しました。今はとても落ち着いて読めませんが、当時は本の内容が丸ごとドーンと心に入ってきて、読み終えた後、周りの景色が一変したように感じたのを覚えています。

     高校卒業後、早稲田大学の政経学部に進学しましたが、大教室の授業にはほとんど出ずに文学部のゼミに加わっていました。井伏鱒二先生の「黒い雨」を研究テーマにして、都内にあった先生のお宅に何度もうかがいました。

     「若い人は古典を読みなさい」と先生に言われて、下宿の部屋にこもって一日中、ドストエフスキーやバルザックの全集を読んだものです。

     文学部の友人とガリ版刷りの同人誌をつくって書店に置いてもらったこともあります。流れに任せて、自分の好きなこと、正しいと思ったことをずっとやってきました。

     卒業後に銀行に入ると、先生から「小説はいつでも書ける」と激励されましたが、結局、その通りになりました。目先のことにあまりとらわれず、自分の気持ちに素直にやっていればおのずと道は開けてくるように思います。(聞き手・広中正則)

    プロフィル
    えがみ・ごう
     1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。広報部次長時代には総会屋利益供与事件の対応に奔走した。2002年、「非情銀行」で作家デビュー。最新刊は「庶務行員 多加賀主水が許さない」(祥伝社)。

    (2016年9月29日付読売新聞朝刊掲載)

    2016年10月03日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun