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    スクールデイズ

    障害のある人との出会い…熊谷晋一郎さん

    聞き手・堀内佑二

    東大准教授、小児科医

    • 熊谷晋一郎さん(若杉和希撮影)
      熊谷晋一郎さん(若杉和希撮影)

     生まれて数日後に高熱が出て、脳性まひになったと聞いています。手足の自由が利かず、中学生のときから電動車いすを使っています。

     高校まで地元の山口県の公立校に通いました。母が校内に待機し、休み時間にトイレに連れて行ったり、教室の移動を手伝ったりしていました。

     小学校では絵を描くのが好きで、漫画を描いていると皆が集まってきて楽しかったですね。

     3、4年生になると、昼休みに皆が校庭で遊ぶ間、教室にポツンと残ることが増えました。そんなときは、算数の問題を考えていました。体は動かなくても、紙と鉛筆さえあれば、頭の中で自由に世界を広げられる。中学、高校と数学がいっそう好きになり、数学者への憧れから東京大学を受験し合格しました。

     親には、山口県の実家から通える距離の大学への進学を勧められましたが、私はそれを押し切って上京し、大学の近くのアパートで一人暮らしを始めました。小さい頃から日常生活の全てを親に頼っていた私には、「親がいなくなったら自分はどうなるのか」という不安がずっとあり、親元を離れた暮らしを試してみたかったのです。

     アパートには、同じ高校から入学した同級生が入れ代わり立ち代わり訪れて、ご飯を作ってくれました。友達のたまり場になり、合鍵が8本もあったほどです。母を介さずに、人と直接関わり合えるのが新鮮でした。トイレに失敗するなど不便はありましたが、知らない世界の扉が次々に開いていきました。

     在学中、数学より人との関わりが楽しくなり、医学部に進路を変えました。手話サークルの設立にも携わり、聴覚など様々な障害がある人に出会い、外見ではわからない「見えにくい障害」が世の中にはたくさんあることを知って視野が広がりました。

     今は、発達障害などの当事者が自らの困難について研究する「当事者研究」を専門にしています。障害の当事者で医療者でもある私は、両者を取り結ぶこの研究に大きな可能性を感じています。(聞き手・堀内佑二)

    プロフィル
    くまがや・しんいちろう
     1977年、山口県生まれ。東大医学部卒。病院勤務を経て、同大先端科学技術研究センターで発達障害研究などに取り組む。著書「リハビリの夜」で新潮ドキュメント賞を受賞。共著に「つながりの作法」など。昨年4月から同センター准教授。

    (2016年11月24日付読売新聞朝刊掲載)

    2016年11月28日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun