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    東北ことばも九州弁も…世界で見つけた「ニホンゴ」

    国立国語研究所准教授 朝日祥之

    サハリンに北国の方言が残る理由

    • 北海道の宗谷岬。オホーツク海の向こうはサハリン
      北海道の宗谷岬。オホーツク海の向こうはサハリン

     常夏の島・ハワイの次は、北海道の北にある島――ロシア・サハリンの「ニホンゴ」を紹介しましょう。

     サハリンは樺太(からふと)の名でも知られる島です。日露戦争後のポーツマス条約(1905年)で北緯50度より南が日本領となり、第2次大戦の終戦後まで続きました。40万人を超える日本人が移り住みましたが、その中心となったのは北日本(北海道、青森、秋田、岩手県など)の人々でした。西日本からの移住者が多かったハワイでは広島弁が多く聞かれたといいますが、樺太で使われた日本語にはどのような特徴があったのでしょうか。

     樺太の野田町(現・チェーホフ)にあった野田小学校同窓会が1991年に編集した「樺太ことば集」を見ると、北海道の方言のほか、北東北の方言と同じ言い方をすることが確認できます。

     例えば「いたましい」(「惜しい」の意味)、「なげる」(「捨てる」の意味)「いいふりこき」(「格好を付ける、いい格好をする」の意味)などです。北海道や東北,北陸出身の人は、これらの言葉になじみがあるかもしれません。

     また、日本領だった当時、樺太中部にあった敷香(シスカ,現・ポロナイスク)町の郊外に「オタス」と呼ばれる地域がありました。ここに住んでいたウィルタ人やニヴフ人(ともにツングース系の少数民族)たちは、地元の教育所に通って日本語を学習していました。彼らが学んだ日本語にも、先に挙げた方言の語形が見られます。

     ウイルタ人への調査を行ったアウステルリッツ氏によると、昆虫に関する言葉には「アネコムシ」(「てんとう虫」の意味)、「ハカリムシ」(「尺取り虫」の意味)、「ヌカカ」(「ブヨ」の意味)などがあり、いずれも北海道や秋田、岩手などで使われる方言の影響が見られます。ほかに「アブ」のことを「トナカイハエ」と呼ぶこともあるようで、これは樺太にしかない言い方の一つと考えられます。

     樺太に住む人たちの言葉に、日本語の方言の特徴が見られる点に注目してほしいと思います。ハワイには広島弁の特徴が残り、樺太には北海道や東北の方言の特徴が残った。こうした地域差から、私たちは人の移動の歴史を実感することができるのです。

     私がサハリンの日本語についての研究を始めて間もなかった2004年の秋、ポロナイスク郊外の佐知(サチ)と呼ばれた地域に住むウィルタ人にインタビューをさせてもらいました。その際、出会ったウィルタ人のお年寄りは、覚えているという日本語の歌を披露してくれました。

     泣くな妹よ 妹よ泣くな
     泣けば幼い 二人して
     故郷を捨てた 甲斐がない

     1938年(昭和13年)に流行したディック・ミネ氏の「人生の並木(みち)」の一節です。それから70年近く()っても、この曲を覚えていてくれました。樺太が日本領だった頃、日本の流行歌が彼らの耳に届いていたとことがわかります。

     彼らが使う日本語には「ツ」が「チ」になるなどの特徴があり、「いやー、ナチガシカッタ(懐かしかった)。ナチガシ(懐かしい)」とか「10ガチ(月)6日」というような具合で表れることがあります。

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    2016年12月13日 15時40分 Copyright © The Yomiuri Shimbun