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    学校、受験など教育に関する掘り下げた記事をタイトルごとに掲載します。
    安西祐一郎の「2045年の学力」

    (2)アクティブラーニングと読み書きそろばん

     時折、“転職コンサルタント”になる。

     30~40歳代の、かつての教え子からのメールに「相談があります」と書かれていたら、ほぼ間違いなく、そのための出陣。どこかの喫茶店の片隅で会うことになる。

     「実は、会社、どうしようかなと思っているんですけれど」。そら来た。内心のざわめきを抑え、私はできるだけ淡々と「どうしようって、やめたいってこと?」と問い返す。すると教え子は「そうなんです」と気まずそうに目を伏せる。なぜ、と重ねて尋ねると、「面白くない」「ずっとやっていても、認められないし」「先も見えてきたし」……。ぼそぼそと不満がこぼれ出てくる。

     気持ちはよく分かる。一所懸命やってきたのに、認められないのはつらいな。ましてや、君はがんばり屋だもんな。が、そこで同情は禁物だ。「やめてどうするの? 目標はあるの?」 目標もないのに、現状への不満だけで転職してはだめだ。そうきっぱり伝える。

     ただ、目標があればいい、というものでもない。中には「マーケティングがやりたい」などと具体的目標を口にする人もいるが、それに対しては「そのための勉強は?」と尋ねることにしている。何かを始めるなら、基礎的な知識・技術を身につけるのは、いろはの「い」。徒手空拳で新たな世界に飛び出すなんて、到底、勧められないからだ。

     日本はいま岐路に立たされている。たとえば産業構造。経済産業省の試算によると、2030年には、付加価値の高い産業は海外に拠点を移し、日本は海外企業の下請けになるらしい。しかも、機械やソフトウェアに代替できるような低賃金の仕事ばかりが増えるという。だが、社会の課題を解決する新しいサービスや技術を生みだし、グローバルに展開できれば,新しい未来をつくることができるとも。

     >>経済産業省新産業構造ビジョン中間整理(PDF)

     改革を迫られているのは,産業のあり方だけではない。教育もまたしかり。先日、米コロンビア大学の物理の研究者にこんな指摘を受けた。

     「日本人研究者はよく働く。言われたことは適切に処置する。けれどもそれだけ。自分で実験を組み立てられない。それが日本の教育の弱点だ」

     中学校や高校で行われている理科の実験を見ていると、そうした指摘もむべなるかなと感じる。「○○を××グラム、△△を●●グラム、ビーカーに入れなさい。すると赤く変化しますから、それを観察してノートに書きなさい」。細かい指示が出され、どうなるかも最初に示されてしまう。想像力の入り込む余地はない。

     私たちが議論を重ねてきた「高大接続改革」は、そんな現状を打ち破って2030年の未来社会に生きる子どもたちへのメッセージだ。そして、未来へのパスポートの一つが、これからの教室で主流となる「アクティブラーニング」だと考えている。だが、ここで忘れてほしくないのは、「読み書きそろばん」の力があってこそ、アクティブラーニングは成り立つということだ。

     「読み書きそろばん」とは、文字通り、文章を読み解き、漢字の書き取りをし、計算式を立てて、答えをはじき出すことだ。今、パソコンで検索すれば大概のものは分かるし、計算もしてくれる。それでも,読み書きそろばんは必須なのだ。

     なぜなら、「アクティブラーニング」では、子どもたちは自ら問いを立て、調べ、仲間との議論も重ねながら、考えをまとめていくことを求められる。問いを立てるには、「知識」が必要だ。目の前の現実と知識とを照らし合わせることで、違和感が生まれ、疑問につながる。その疑問を他者に伝えるには、適切な言葉と文章能力が欠かせない。思考プロセスを式や図に表す場面も当然出てくるだろう。つまり「読み書きそろばん」の力がものをいう学習方法だからだ。そうした基礎が欠けていては、単なる言葉の投げ合いに終始し、学びの深まりは期待できない。

     「もう少し考えてみます」。職場への不満をぶちまけて、とりあえずは毒気が抜けるのか、おおかたの教え子は頭を下げて席を立つ。「がんばれよ」と見送りながら、本日のコンサルタント業は閉店。やれやれ。でもいいなあ。未来はまだ、霧の中。そんな時代に戻りたい、とふと思ったりする。

    書く力
     2020年に始まる「大学入学希望者学力評価テスト」(仮称)で最も重視されるのは、「書く力」だ。主体性や知識、技能、思考力、判断力、表現力を総合的に見られるからだ。
     例えば、新聞記事の内容を80字程度で要約し、考えを書かせる問題などが想定されている。
    2016年10月21日 10時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun