文字サイズ
    学校、受験など教育に関する掘り下げた記事をタイトルごとに掲載します。
    スクールデイズ

    人力飛行機作りに夢中…大西卓哉さん

    宇宙飛行士

    • 大西卓哉さん(佐々木紀明撮影)
      大西卓哉さん(佐々木紀明撮影)

     横浜市の私立一貫校、聖光学院の高校1年生の時、物理の授業に興味を持ちました。例えば、消しゴムを指ではじいた時、動いた距離や速度などは、説明が可能な理論の積み重ねで成り立っています。そのことを面白く感じました。

     私は、放課後などに物理の先生の部屋に通い、よく質問をしました。熱心に教えてくれた先生のおかげで、物理の成績は学年でトップクラスになりました。高校卒業後は、科学の研究者になろうと、東京大学に進学しました。

     ただ、大学の物理は、高校で習ってきた現象面の物理とは違う数学的な学問で、学生のレベルも非常に高く戸惑いました。自分は研究者に向いているのか、才能があるのか悩んでいたとき、映画「アポロ13」を見ました。

     宇宙に飛び立つロケットを見送る場面が目に焼き付きました。多くの人の期待や夢を背負う宇宙飛行士の仕事に魅力を感じ、専門の学部に分かれる際には工学部の航空宇宙工学科に進みました。

     航空宇宙工学科時代には、もう一つの目標ができました。琵琶湖で人力飛行機を飛ばす「鳥人間コンテスト」に挑戦するサークルに入り、パイロットの仕事も面白そうだと思ったのです。コンビニでのアルバイト代の半分を人力飛行機の機体づくりにつぎこみ、夢中になりました。

     4年生の時に、就職か、大学院に進学するか迷った結果、全日本空輸に入社してパイロットになりました。

     その後、32歳の時、新聞記事で宇宙飛行士の公募を見つけました。全日空の副操縦士になって6年ほどで、心技体の充実した時期でした。宇宙飛行士の公募は国内では10年ぶりで、千載一遇のチャンスと思い、パイロットをやめることに迷いはありませんでした。

     選抜試験では、苦手な英語や運動を克服しようと努力しました。厳しい訓練を乗り越え、昨年、宇宙に行く夢がかないました。本当に好きなことをやるときには、一生懸命取り組む。当たり前かもしれませんが、学生時代からずっと実践してきたことです。(聞き手・朝来野祥子)

    プロフィル
    おおにし・たくや
     1975年、東京生まれ。東大卒業後、全日空のパイロットを経て、2009年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙飛行士に選ばれた。昨年7月から約4か月間、国際宇宙ステーション(ISS)に滞在、船外活動の支援や科学実験など様々な任務を行った。

     (2017年2月2日付読売新聞朝刊掲載)

    2017年02月09日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun