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    学校、受験など教育に関する掘り下げた記事をタイトルごとに掲載します。
    安西祐一郎の「2045年の学力」

    (8)頭の中で図形を描く

     人工知能は今のところ、人の能力を凌駕(りょうが)するほどには至っていない。前回紹介した、人工知能に東大合格を目指させる「東ロボくん」プロジェクトはそのことを雄弁に物語っている。東ロボくんが身につけられない力の一つは、図から必要な情報を読み取ったり、導き出した結論と図を関連付けたりして考える力だ。これは30年以上前からわかっていたことに過ぎない。人は図をどう読み取って思考するか、思考するために図をどう描くか、頭の中に自在に図を描く力、この力は、実は絵日記を書く力の先にある。たとえば次のような問題を考えてみよう。


    <二等辺三角形の底角が等しいことを証明せよ>
    一般的に教室で教えられる方法は
    頂角∠BACの二等分線を引き、底辺と交わる点をDとする。
    ∠BAD=∠CAD
    二等辺三角形だから
    AB=AC
    同一の線だから
    AD=AD
    二辺と間の角が等しく、したがって二つの三角形は合同
    △ABD≡△ACD
    ゆえに、∠ABC=∠ACB

     上には定番の図を載せてある。この証明方法では、頂角の二等分線を補助線として引くのが肝心なところだ。ただ、補助線の引き方は無数にあるので、その中からこの補助線を見つけるのは、学校で教わらないかぎりなかなか難しい。

     では、紙やパソコンの画面は使わず頭の中だけで問題を解いてください、と言われたら、どのようにしてこの問題を解くだろうか。きっと頭の中に図を描いてみるのではないだろうか。しかも、上のような図を思い描いたのではないだろうか。

     これに対して、右のような図を思い浮かべる人はあまりいないだろう。なぜなら、右の図よりも上の図のほうが、頂角の二等分線を引きやすく、証明の見通しを立てやすい図になっているからだ。問題を解こうとするとき、人はその問題を解きやすくする図を描こうとする傾向がある。

     上にあげた幾何の問題は解き方や図の描き方を覚えていられるような簡単な問題なのであまり意識されないが、複雑な問題の場合は、問題の答えを見つけるための思考と問題を解きやすくできるような図を描く思考とが、一緒になって頭の中ではたらく。人が図を使って問題を解くときには、小学生や中学生でも、こんなふうに、とても豊かで複雑な思考をしている。絵日記を書く子どもも同じだ。文章と絵をつなげるのに、たいへん豊かで複雑な思考をしている。小学生が絵日記を書くことが中学校以降の数学のトレーニングになる、と言ったら言い過ぎだろうか。

     人工知能の最大の弱点の一つは、適切な図を描くのが不得手なことだ。上の問題でも、幾何の知識がまったくない場合には、補助線の可能性は無数にあるから、その中から頂角の二等分線を引くというアイデアを思いつくのはそんなに簡単ではない。

     私たち人間が大した意識もせずに使っている図を読み取る力は、さらに伸ばすことができる。頭の中で図を描くトレーニングをすることだ。

     たとえば、ここでまた問題。

     タテとヨコが1:2になる長方形がある。この長方形の上辺と下辺の中点を結ぶ線分を引く。次に長方形の右上の頂点と左下の頂点を結ぶ線分を引く。最後に、長方形の上辺の中点と右下の頂点を結ぶ線分を引く。最後に引いた線分は、先ほどの上辺の中点と右下の頂点を結んだ線分によって、何対何に分けられるか。紙やパソコンを使わず、頭の中で考えよ。

     頑張って答えを求めようとすると、どうしても頭の中に図を描いてしまうに違いない。図を頭の中に描いてみるこのトレーニングがとても大事なのだ。

     答えは1対2。「頭の中に」下のような図を描いただろうか。今回描けなかったとしても、これは訓練次第だから、ご心配には及ばない。

     最後は「頭の中に」カラフルな立体を描いてみよう。一辺が3センチの立方体。お互い隣り合っていない2つの面を白、それ以外に赤いペンキを塗る。次に、この立方体を床の上に置く(もちろん頭の中で)。そして、包丁で角切りにするように、一辺1センチ間隔で包丁を入れる。そうしておいて、この一辺3センチの立方体を床の上に思いっきり転がしてみる(しつこいけれど、頭の中で)。転がした後を見ると、一辺1センチの小さな立方体がたくさん転がっているはずだ。それらの小さな立方体のうち、白と赤の両方が塗られている立方体はいくつあるだろうか?

     

     答えは16個。頭の中で立体を描いたり、転がしたり、数えたりすることができただろうか。

     

     トレーニングはここまでにして、話を戻そう。図を読み取る力は、前回お伝えした「文脈を読む」力にも依存している。例えばこれは何に見える? 窓? 田んぼの「田」?

     いずれが正解かは、どういう状況で何を求められているか、その前後の話の流れ、つまり文脈にかかっているのだ。たとえば国語の授業中、漢字の勉強をしている際に先生からこの図を出されたら、子どもは「窓」とは言わないだろう。何を聞かれているか、察しているからだ。つまらないなあ、窓の外の校庭に出たいなあ、と思っている子どもには、この図は窓にみえるかもしれない。

     限られた情報を文脈の中から読み取る力をつけるには、周囲の人との関係性がものをいう。子どもが安心できる人間関係があるかないかだ。たとえ赤ちゃんでも、相手が自分をどう思っているかを敏感に察知することができる。相手の感情がポジティブであれば、子どもは心を開き、相手からたくさんの情報を取り込もうとする。その逆であれば、警戒して心を閉ざしてしまう。だから、親だけでなく、隣近所の人たち、保育園、幼稚園の先生方など周囲の大人は、「この子からみるとこちらはどうみえるだろう」「この子は本当は何をしたいと思っているのだろう」と子どもの身になってみてから、言葉かけをしてほしい。そういう大人が多ければ多いほど、子どもが取り込める情報量も多くなる。知らない人との対応でも、その情報の取り方を生かし、「このおばさんは、幼稚園の園長先生みたいな人だな」と似た点を探し出して、対応方法を自分で探し出すこともできるようになる。

     

     子どもの心を開く言葉かけのひとつが「褒める」だ。と言っても、ただべた褒めすればいいというわけではない。日本人、外国人に限らず、「褒める」ことが身についた人とそうでない人がいる。子どもを伸ばす「褒め方」、そんなものがあるだろうか。

    【MEMO】
     次期学習指導要領の方向性が2016年12月に示された(>> 文部科学省サイト )。社会と連携・協働しながら、未来の担い手に必要な資質・能力を育む「社会に開かれた教育課程」を中軸に、「思考力・判断力・表現力」「知識・技能」の習得、「学びに向かう力、人間性の涵養」を目指す。知識の量は減らさず、「アクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)」を実現するという。小学校では2020年度から、中学校では翌年度から全面実施される。
    2017年02月08日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun