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    スクールデイズ

    ボクシングで自分に誇り…八重樫東さん

    プロボクサー

    • 八重樫東さん(秋元和夫撮影)
      八重樫東さん(秋元和夫撮影)

     小学生の頃は、勉強も運動も特に秀でたものがなく、徒競走は2番ばかり。「何をしても1番にはなれない」と思いこんでいました。よく忘れ物をする子どもだったらしく、初めて世界チャンピオンになった後、3、4年の担任だった先生からいただいた年賀状には、「あきらのランドセルはいつも空っぽだった」などと書かれていました。

     中学校では、漫画「スラムダンク」の影響もあり、バスケットボール部に入りました。ただ、ずっと控え選手でパッとせず、失敗したらチームに迷惑がかかると思い、自分のシュートチャンスでパスを出していたほどです。

     転機は岩手県立黒沢尻工業高校でボクシング部に入ったこと。友だちに誘われ入部したのですが、練習すればパンチが当たり、よけられるようにもなる。努力が成果になる点が性に合い、打ち込めるものを見つけた気がしました。3年の夏にはインターハイで優勝し、ボクシングの強豪・拓殖大学に進学しました。

     拓大には国体やインターハイの優勝者が全国から集まっており、世界タイトルを連続11度防衛した内山高志さんも3年上の先輩でした。全体練習が終わっても、一人で黙々と練習する内山さんの姿が今も目に焼きついています。

     先輩たちに教わり、今も「十八番おはこ」なのが、「拓大カウンター」。ほんの少し頭を振って相手の左ジャブをよけ、その戻り際にこちらの右のパンチを打ち込む。練習を重ね、頭の振り幅やタイミングを体に覚え込ませました。

     大学2年の秋、国体で優勝しました。うれしかったですが、次の試合ですぐ、高校時代から対戦している相手に負け、天狗てんぐにならず地道に頑張ろうと思い直しました。

     ボクシングのおかげで大学に進学でき、自分に誇りが持てるようになりました。卒業後はプロの道に進みました。成功するかどうか、正直なところわかりませんでしたが、可能性を残してやめるのは惜しいと思い決断しました。

     高校、大学、ジムと、多くの人との出会いに恵まれた感謝を忘れず、リングに上がりたいと思っています。(聞き手・森洋一郎)

    プロフィル
    やえがし・あきら
     1983年、岩手県生まれ。2005年、拓殖大を卒業しプロデビュー。11年、2度目の世界挑戦で王座を獲得した。15年に国際ボクシング連盟(IBF)ライトフライ級タイトルを獲得し、ミニマム、フライ級に続く3階級制覇を達成した。今月21日、東京・有明コロシアムで3度目の防衛戦が行われる。

     (2017年5月11日付読売新聞朝刊掲載)

    2017年05月15日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun