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    学校 モノ・風景

    明治期の女学校に原点…フォークダンス

    読売新聞教育部 金来ひろみ

     「文化祭の最終日、校庭で大きなたき火を囲んで踊りました。思いを寄せていた女の子ともう少しで手をつなげるというときに曲が変わり、踊りの輪が逆回りになりました」

     横浜市の奥山伸治さん(67)が高校時代の思い出を手紙に書いてくれた。運動会やキャンプなどで踊った人も多いだろう。

     ダンス教育に詳しい順天堂大学の中村恭子准教授によると、日本の学校教育にフォークダンスが取り入れられたのは明治時代の欧化政策の影響。明治30年代以降、西欧の社交ダンスやフォークダンスの流れをくむ踊りが多くの女学校で体育の種目になり、大正期へと続いた。

     なじみのある「オクラホマミキサー」などは、戦後、進駐した米軍人らによって持ち込まれたという。特別な施設を必要とせず、費用もかからないため地域や職場に急速に広まり、学校の授業や運動会でも定番になった。また、ソーラン節といった日本の民踊も授業などに取り入れられた。

     2012年度から、ダンスは中学1、2年の体育で男女とも必修化され、「創作ダンス」「フォークダンス」「現代的なリズムのダンス」から選択履修することになった。中村准教授が同年、東京の公立中学約600校を調査したところ、現代的なリズムのダンスを選んだ教師が最も多かった。しかし、ダンスの指導経験が乏しい教師や地方の小規模校の教師にはフォークダンスが人気といい、中村准教授は「定型の踊り方があるので教えやすく、不慣れな先生らの助け舟になっているのではないか」と分析する。

     フォークダンスが伝統になっている学校もある。福井県敦賀市立角鹿つのが中学校では、約50年前から毎日、給食前に全校生徒が体育館に集まって踊っている。岩崎一男校長(57)によると、もとは生徒指導の一環だったが、今は生徒会の自主活動。保護者には卒業生も多く、昔を懐かしんでいるという。

     進行担当の3年・中川暁斗さん(15)は「伝統を大切に、みんなが心から楽しめるよう工夫していきたい」と話している。(金来ひろみ)

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    2017年06月14日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun