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    スクールデイズ

    仲間と先生 強烈な個性…ドリアン助川さん

    聞き手・松本将統

    作家

    • ドリアン助川さん(池谷美帆撮影)
      ドリアン助川さん(池谷美帆撮影)

     神戸市で暮らしていた中学生のとき、アメリカンフットボール部のある進学校に憧れ、名古屋市の私立東海高校に進学しました。

     アメフトと勉強を両立させ真面目に大学に進むものと思っていた高校生活は、想像とは違っていました。

     親元を離れて一人で暮らしたアパートの部屋は、高校の同級生3、4人がいつも集まるたまり場になりました。文学や演劇が好きな連中で、「お前の本棚には文学がない」と、アウシュビッツ強制収容所を描いた「夜と霧」などの本を貸してくれました。文学や哲学談議が夜な夜な繰り広げられ、今まで知らなかった世界や歴史が飛び込んで来る感じでした。

     先生にも、ユニークな人たちがいました。政治経済の先生は、生徒を教壇に立たせ、興味のあるテーマを説明させてくれました。私は冷戦下の軍縮の“講義”をしました。

     国語の先生は、私が芸術と戦争について書いた小論文の点数に納得がいかず抗議したとき、職員室でとことん議論に付き合ってくれました。

     英語の先生の自宅には仲間とよく押しかけ、人生について語り合いました。

     卒業してからも学校との関係は続き、私の小説が原作の映画を母校で上映させてもらうこともありました。

     小説家や演出家といった「表現者になる」と決めたのが高校時代です。卒業後は浪人して早稲田大学に入りました。表現者を育む「変な人たちの巣窟」という期待がありましたが、高校時代より強烈な人には出会えませんでしたね。劇団を旗揚げして演劇に没頭しましたが、私は、思い描いた舞台のイメージが食い違うと、厳しく当たってしまうワンマンで横暴なリーダーでした。仲間を傷つけ、自分も傷つき、4年生の時に自分から身を引きました。

     大学を出ると、放送作家などの仕事で食べていました。テレビ番組の取材で東欧や東南アジアに行くと、高校の仲間や先生と議論した世界や歴史の現場を実際に歩いている自分がいました。「見て感じたままを表現する」その後の活動につながったと思います。(聞き手・松本将統)

    プロフィル
    どりあん・すけがわ
     1962年、東京生まれ。90年、現代詩を叫ぶロックバンド「叫ぶ詩人の会」を結成。中高生から悩み相談を受けるラジオ番組のパーソナリティーや、作家としても活躍。ハンセン病を題材にした小説「あん」は映画化もされた。昨年12月、「星の王子さま」の新訳を刊行。

     (2017年6月22日付読売新聞朝刊掲載)

    2017年06月26日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun