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    スクールデイズ

    DJのまねがしたくて放送部…田中要次さん

    聞き手・岡村吉和

    俳優

    • 田中要次さん(萩本朋子撮影)
      田中要次さん(萩本朋子撮影)

     長野県木曽町の山あいの農家で育ちました。川で魚が取れ、冬は校庭でスケートができる自然豊かな環境でした。田植えや稲刈りを手伝いながら、将来は地元で農業をやるのかなとぼんやり思っていましたが、父は小学6年の時に亡くなりました。

     小学生の時、文化の情報源はラジオでした。夜更かししてよく聴いたのは、「オールナイトニッポン」。ディスクジョッキー(DJ)のまねがしたくて6年で放送部に入り、小、中、高校といずれも部長を務めました。

     一番頑張ったのは、中学3年の時です。リクエストに応えて音楽を流したり、自作の物語を朗読したり。トーク中に効果音として観客の声を入れ、録音・編集した放送を流す工夫もしました。三日三晩徹夜して発表会の資料を作り、先生にも褒められました。

     音楽にも夢中になりました。小学6年でフォークギターを始め、高校時代は文化祭や地元のイベントにバンドで出演し、欧米のロックバンドなどのコピーを演奏し、ボーカルも担当しました。

     プロを目指す気持ちはなかったです。当時の僕にとって、東京は遠い世界でしたから。

     実は高校1年の時、女子生徒がいるからという理由で演劇部に入ったものの、演技がつまらなく退部しました。今思うと、信じられませんが。

     高校卒業後は国鉄(当時)に入り、民営化後は愛知県でJR東海に勤めました。映画にのめり込み、青春ものの作品では、母子家庭に育った自分の気持ちを登場人物が理解してくれるような気がしました。通った映画館である監督と知り合い、短編作に出演させてもらうことに。興奮が忘れられず、悩んだ末、自分が選んだ道で失敗するなら後悔はしないと思い、27歳で退職して上京し、照明助手をしながら役者の道に進みました。

     「これだけは誰にも負けない」という自信や自分の居場所を持ちたくて、もがいてきました。いまだに正しい選択ができているのか分かりませんが、できるだけ楽しい空間を作りたいという気持ちで、役者を続けています。

    プロフィル
    たなか・ようじ
     1963年、長野県生まれ。木村拓哉さん主演のドラマ「HERO」で「あるよ」が決めぜりふのバーテンダー役で有名に。300作以上の映画やドラマに出演した。初主演映画「 蠱毒 こどく  ミートボールマシン」が全国で順次公開中。監督作「LOCO DD 日本全国どこでもアイドル」も30日から公開予定。

     (2017年9月7日付読売新聞朝刊掲載)

    2017年09月11日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun