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    学校、受験など教育に関する掘り下げた記事をタイトルごとに掲載します。
    スクールデイズ

    試験受けずヒッチハイク…須藤元気さん

    聞き手・森洋一郎

    アーティスト

    • 須藤元気さん(米田育広撮影)
      須藤元気さん(米田育広撮影)

     両親は東京の下町で飲食店を営んでいて、2歳上の姉がいます。恥ずかしがり屋な半面、学芸会などでは前に出たがる子どもでした。

     総合格闘技に魅せられ、プロの格闘家になろうと決めたのは中学3年の時です。それにはレスリングの技術が必要と思い、レスリング部のある関東一高を受験しました。第1志望者に有利な単願推薦でしたが、制度を理解しておらず「落ちたら終わり」と思い込み、塾に通って過去の入試問題を必死に解きました。

     その成果か、入試本番では英語、数学、国語で解けない問題がなく、努力は裏切らないという自信になりました。

     入学してすぐ、級友とバンドを組もうとギターの練習を始めました。レスリングとの掛け持ちで体力的にはきつかったのですが、気持ちは充実していました。

     2年生の1学期、中間テスト前日のことです。漫画の登場人物に触発され、旅に出たくなりました。試験をすっぽかし、新宿からヒッチハイクを始めたのです。行き先を書いた紙を掲げ、種子島まで行きました。

    • 高校時代、友人とバンドを組んでいた須藤さん
      高校時代、友人とバンドを組んでいた須藤さん

     旅の途中で父に電話すると「けじめをつけろ」と言われたので、出発から3週間ほどたった頃、退学するつもりで学校へ戻りました。担任の先生に促され、別室へ。怒られるのを覚悟しましたが、先生は「お前がうらやましいよ」とおっしゃったんです。小中学校では頭ごなしに怒られてばかりだったので胸に響き、また頑張ろうと思いました。

     拓殖短大1年時にレスリングのジュニアの全国大会で優勝し、初タイトルを獲得しました。卒業後に渡米。ロサンゼルスのジムでトレーニングを積み、1年3か月後に日本でプロデビューしました。

     2006年の引退後は、もう一つの夢だった音楽をやろうと、パフォーマンスユニット「WORLD ORDER」を結成しました。拓殖大レスリング部の監督も務めていますが、人と良い関係を築き、まずは相手の考えを受け入れることを心がけています。高校時代の経験から学びました。

    プロフィル
    すどう・げんき
     1978年、東京都生まれ。99~2006年、プロの総合格闘家として活躍。現在はミュージシャン、書家など幅広く活動する。「風の谷のあの人と結婚する方法」(幻冬舎)など著書多数。東京・銀座の英会話学校「eLingo(イーリンゴ)」代表も務める。

    (2017年9月21日付読売新聞朝刊掲載)

    2017年09月25日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun