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    スクールデイズ

    家庭科室で「手巻きサンド」…コウケンテツさん

    聞き手・新美舞

    料理研究家

    • コウケンテツさん(萩本朋子撮影)
      コウケンテツさん(萩本朋子撮影)

     大阪市の下町で、4人きょうだいの末っ子として育ちました。両親は共働き。幼稚園の時は近所の八百屋などへ遊びに行き、一緒に店番をしながら家族を待っていました。

     小学生の時は積極的な性格で、友達もたくさんできました。3年生の時、学校で「今日は誕生日なんだ」と話すと、20人ほどがプレゼントを持って自宅に来てくれました。この時、母や姉が振る舞ってくれたのが、我が家の定番だった「手巻きサンド」です。ほぼ毎週末、ツナなど色々な具を用意し、家族でサンドイッチ用のパンに好きな具を巻いて食べていたのです。

     大好評だったので、学校でも「やりたい」と提案すると、担任だった女の先生が家庭科室を使えるよう校内で交渉してくださり、実現しました。自分たちで具の種類や、デザートにゼリーを作ることを決めて、当日はすごく盛り上がりました。皆を幸せにできる、料理の力を感じました。

     ところが、中学校では校則や先輩、後輩の関係などが息苦しく、毎日逃げたい気分でした。そんな時、テニスに出会います。兄に薦められたテニス漫画に夢中になり、実際やってみましたが、うまくできない。スポーツは得意だったので難しさが新鮮で、真剣にやろうと神戸市の名門クラブに通い始めました。

     テニスを始めたのが遅い分、練習漬けの毎日を送りたくて、高校1年で学校をやめようと思いました。両親は猛反対しましたが、担任の先生は、僕の性格からどうせ聞かないと見抜いたんでしょう。「とりあえず休学して、何かあったらいつでも連絡してこい」と応援してくれました。

     結局、そのまま中退しましたが、無理な練習がたたって故障し、テニスは諦めました。でも当時、栄養学の本を読んで弁当を作ったことなどが、今につながっています。

     振り返ると、人生の要所で、僕は学校の先生に背中を押してもらいました。今は、3人の子供が何かをしたがったら、父として応援しようと決めています。全力で取り組めば、必ず何かの成果を得られますから。

    プロフィル
    こう・けんてつ
     1974年生まれ。母親の料理研究家、 李映林 りえいりん さんのアシスタントを務めた後、31歳で独立。食育や男性の家事・育児参加などに関する講演も行う。著書に「コウケンテツのおやつめし」「コウケンテツ流“家飲み”ごはん」など。

    (2018年4月19日付読売新聞朝刊掲載)

    2018年04月23日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun