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    教育に関する様々な話題を随時紹介、解説します。

    カドカワが「ニコ動」で乗り出す通信制高校の成否

    いかにしてモチベーションを維持するか

     私は、複数の大学と専門学校から「マンガを教えてほしい」という依頼を受けたのがきっかけで、早稲田大学eスクールへの入学を決意した。大学の教員は実務経験さえあれば免許も学歴も不要だが、大学のことを知らないまま学生に教えることには、まるで自信が持てなかったからである。

     専攻は、インストラクショナル・デザイン。「教え方の技術」を考える教育工学系の一分野である。ここで最初に学んだのは、ベンジャミン・ブルームというアメリカの教育心理学者が唱えた「学習の3分類」であった。

     ブルームは、人間のあらゆる学習は、1:精神運動的領域(運動スキル)、2:認知的領域(認知スキル)、3:情意的領域(態度スキル)」の3領域に分類できると提唱した。

     運動スキルは反復繰り返しによって上達するもので、身体を動かす運動のほかに、言語や絵画、音楽なども含む。認知スキルは、記憶や知識、読み書きや問題解決の能力のこと。態度スキルはやる気、つまりモチベーションや決断力などとされている(このあたりのことに興味のある方は、私の恩師でもある向後千春・早稲田大学人間科学学術院教授の著書『いちばんやさしい教える技術』〈永岡書店〉、『上手な教え方の教科書~入門インストラクショナルデザイン』〈技術評論社〉のご一読を)。

    ネット上でも「顔の見える距離」を

     前述のとおり、eラーニングによる通信教育は、認知能力の育成には向いているが、運動スキルと態度スキルの育成には少し難がある。とくにむずかしいのが、反復繰り返しのトレーニングが必要な運動スキル育成の授業だろう。

     私は、早稲田大学eスクールで体育(ジョギング)の授業も取った経験がある。文字どおりの運動スキル育成のための授業で、毎週、動画で指示された時間と本数を守って、近所をジョギングするのが授業であり、課題である。

     最初は5分間が2本、翌週は10分間が2本と少しずつ負荷を上げていき、最終的にはスクーリングで陸上競技場を30分間走ることになる。よく考えられたカリキュラムで、年齢に応じた脈搏の制限があるため、50歳を超えた私でも、無理なく最後まで走ることができた。

     だが、このような授業は、サボろうと思ったらいくらでもサボることができる。監視役がいるわけではないため、実際に走らずとも毎週のリポートを出すことができるのだ。

     このようなインチキをするかどうかは、学生のモラル次第ということになる。そのモラル(つまり態度スキル)を維持できるかどうかが、反復繰り返しを必須とする運動スキル育成のための科目(高校生の授業では英語あたり)の成否の行方を握る鍵となるはずだ。

     インストラクショナル・デザインの定義によれば、態度スキル育成に不可欠なものはコミュニティーの存在だとされている。早稲田大学eスクールの場合は、1学年につき200~250人ほどの学生を、学科別に30人単位のクラスに分けている。これは小さなコミュニティーの形成を狙ったもの。クラスごとに担任教員と教育コーチというメンター役を配置することで、コミュニティーの維持と育成を図っている。受講希望者の多い科目でも、受講生は30人前後のクラスに分けられているが、これもやはり、小さなコミュニティーの確保を狙ったものだ。

     このようなクラスや科目ごとの小さなコミュニティーが、学生のモチベーション維持に貢献していることは、eスクールの例を見ても、まず間違いない。30人という人数なら、参加者全員の名前も覚えられるため、ネット上においても「顔の見える距離」になるからである。

    入学前課題をSNSで講評

    • 京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースの授業風景
      京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースの授業風景

     私が在職する京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースの入学前課題でも、同様の事例が確認されている。

     入学前課題とは、入試に合格した高校生に、毎月、何点かの自作の絵を送ってもらい、それをサイボウズLiveという無料の会員制SNSに教員の講評とともに掲載して、合格者全員に見てもらうというものだ。

     入学前課題は、「早くから大学に合格が決まってしまった高校生の学習意欲を落としたくない」という高校側からの要請もあって始めたものだ。合格者全員が、ネット上で互いの作品を見られることから、それぞれが切磋(せっさ)琢磨(たくま)し合い、入学前にメキメキと画力を上げてくるのが恒例となっている。

    • 京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースの学生の作品
      京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースの学生の作品

     これらの例を見ていると、やる気を育てるコミュニティーは、ネット上のバーチャル空間でも成立可能であることが実感できる。ただし、そこには30人程度の少人数という条件がある。私は、ひとりで1年生260人を相手にするeラーニング授業も担当しているが、1対260ではコミュニティーの維持など不可能だ。

     もし、ひとりでコミュニティーを維持しようとしたら、この科目に専念する以外に方法はない。このeラーニングにおけるコミュニティーの最適人数については、今後の研究課題としたいところでもある。

    キャッチコピーは「ふつうの高校生になって将来どうするの?」

     N高では、生徒ひとりひとりにサポート担当者がつくらしい。しかし、生徒の将来を考えるのなら、小さなコミュニティーも作ってほしい。初年度から1万人の入学者獲得をめざすというが、スケールメリットを求めるあまりに、コミュニティー作りをおろそかにしないでほしいものだ。

    • 出典:総務省統計局 e-Stat 政府統計の総合窓口「高等学校(通信制)の学校数・生徒数及び教職員数」より
      出典:総務省統計局 e-Stat 政府統計の総合窓口「高等学校(通信制)の学校数・生徒数及び教職員数」より

     N高には、このような懸念を払拭する教育を実施してほしいと願っている。なぜならば、「ふつうの高校生になって将来どうするの?」と広告動画で問いかけるN高は、生徒の個性を重視する学校を目指しているはずだ。そんな高校で学んだ生徒の多くが、卒業後の進路として、京都精華大学マンガ学部を選んでくれそうな予感がするからである。

     3年後にお待ちしています、これからN高等学校に入学する皆さん!(笑)

     

    プロフィル
    すがや みつる
     1950年、静岡県富士市生まれ。1969年、高校卒業と同時にマンガ家をめざして上京。1971年、『仮面ライダー』(原作・石ノ森章太郎)でマンガ家デビュー。多数の児童マンガを発表後、1983年、『ゲームセンターあらし』『こんにちはマイコン』の2作で第28回小学館漫画賞(児童部門)受賞。
    1994年、娯楽小説作家としてデビュー。2005年、早稲田大学人間科学部eスクールに入学し、2011年、60歳で大学院修士課程を修了。
    同年からeスクールの教育コーチを担当した後、2012年、京都精華大学マンガ学部非常勤講師になる。2013年、同大マンガ学部キャラクターデザインコース教授に就任。文化庁メディア芸術祭マンガ部門の審査委員も務める。
    所属:日本推理作家協会、日本教育工学会、日本教育心理学会、日本マンガ学会
    2015年10月29日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun