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新春 鹿児島特集
 260年以上も続いた幕藩体制を覆し、日本を近代国家へと変革させた「明治維新」。西郷隆盛をはじめ大久保利通、小松帯刀(たてわき)ら維新の志士たちと、西郷の生き方や思想に最も大きな影響を与えた島津斉彬(なりあきら)を生んだ鹿児島は、まさに「維新のふるさと」です。明治維新150周年を迎え、さらに、大河ドラマ「西郷(せご)どん」の放送がスタートする今年は、鹿児島がアツい!! 西郷ゆかりの地や、維新150周年を機にオープンする施設に出かけてみませんか。

鹿児島県知事 三反園 訓氏鹿児島県知事 三反園 訓氏

 新年明けましておめでとうございます。いよいよ明治維新150周年の幕開けを迎えました。記念すべき本年、鹿児島を舞台とする大河ドラマ「西郷どん」の放送もはじまり、地元は大変盛り上がっております。鹿児島県では、この機会の様々な取り組みを「かごしま明治維新博」と銘打ち、イベント等をどんどん開催してまいります。
 また、桜島などの雄大な自然や良質の温泉、県内各地に広がる「西郷どん」ゆかりの地や鹿児島市と指宿市にそれぞれ開館する大河ドラマ館など見所も満載です。
 さらに、5年に一度開催される全国和牛能力共進会で日本一に輝いた「鹿児島黒牛」をはじめ、「かごしま黒豚」、焼酎など、鹿児島の豊富な食材が、皆様の鹿児島の旅をより思い出深いものにするものと確信しております。
 皆様には、明治維新150周年を迎えるこの機会に、ぜひ、鹿児島にお越しいただき、西郷隆盛公をはじめ、幕末・明治維新期に活躍した薩摩の志士を育んだ歴史や自然、食などに触れていただきますよう、県民一同、心よりお待ち申し上げます。
大いなる維新志士たちの横顔を学ぼう
 下級武士から藩主の密命を受けるほどの側近へ、そして、明治維新のキーパーソンから新政府に反旗をひるがえす逆賊へ…。
 波乱に満ちた西郷の人生は、彼を取り巻く人々との、複雑な人間ドラマによって生まれたものともいえるでしょう。
西郷隆盛  薩摩藩が輩出した志士の一人、西郷隆盛。大久保利通(としみち)、木戸孝允(たかよし)とならぶ「維新の三傑」と称され、没後140年以上がたった現在も、地元の誇りでありシンボル的存在である、まさに「薩摩のヒーロー」です。
 下級藩士の長男として生を受け、自身も極貧の下級藩士だったものの、藩主・島津斉彬の目にとまり、江戸の薩摩藩邸で「御庭方役(おにわかたやく・庭先などで、比較的自由に藩主と会える役職)」を拝命。しかし、斉彬の急死で取り巻く環境は悪化し、2度の自殺未遂と2度の島流しを経験します。
 それでも、西郷の有能さを知る家老・小松帯刀や大久保利通らの働きかけで、再び藩の要職に復帰。その後、薩長同盟の締結や王政復古、戊辰戦争、そして勝海舟らとの交渉による江戸無血開城の成功と、歴史に名を刻む活躍を続けます。
 明治政府成立後は参議、さらに陸軍大将・近衛都督を兼務しますが、明治6(1873)年に下野。その4年後、西南戦争を扇動した“逆賊”として最期を迎えますが、この反乱も、維新で行き場を失ってしまった武士たちの不満を、一身に背負った末の決断だったと考えられています。
大久保利通  「維新の三傑」の一人であり、西郷の盟友でありライバルでもある大久保利通。高麗町の生まれですが、幼少期に下加治屋町に引っ越し、西郷と同じ郷中(町内自治会的な区割り)で成長します。
 島津斉彬体制下で御徒目付(おかちめつけ)の役に就き、島津久光体制下では、藩政を動かすほどの実力を掌握。西郷が2度目の流罪を解かれ、藩に召還されてからは、西郷と協力して藩の難局を次々と克服し、大政奉還後は西郷とともに明治政府の参議に就任します。
 西郷の下野後、内務卿となり、新しい政治体制の基盤整備や国内における新事業に取り組みました。
天璋院篤姫  島津家の一門・今和泉に生まれ、19歳で島津斉彬の養女となってから「篤子」に改名します。安政3(1856)年、13代将軍徳川家定の御台所(正室)として大奥に入りますが、2年足らずで家定が急死。出家して「天璋院」を名乗るようになりました。
 徳川幕府が揺れ動く中、薩摩藩は帰国を勧めますが、それを拒んで幕末~明治初期の徳川家を守った信念の女性です。大政奉還の翌年、江戸城総攻撃の準備を整えていた新政府軍参謀の西郷らに、徳川家存続の決死の嘆願書を送ったことから、江戸無血開城の“陰の立役者”ともいわれています。
島津斉彬  下級藩士だった西郷の非凡な能力を見いだし、西郷の生き様に最も大きな影響を与えた人物です。
 嘉永4(1851)年に薩摩藩主となってからは、日本に迫る列強国の脅威に対抗するため、国内でもいち早く洋式産業と富国強兵政策を推進。後に「集成館事業」と名付けられた紡績場建設や大砲鋳造、洋式軍艦建造などの近代産業は、薩摩を“雄藩”の一つに成長させ、時代を「維新」へと向かわせる原動力の一つになりました。
 幕政改革の実現を見ることなく没した斉彬でしたが、その思いは弟の島津久光や西郷らに確実に受け継がれます。
「西郷どん」放送開始!

 1月7日(日)NHK総合テレビでスタートする大河ドラマ「西郷どん」。極貧の下級武士から国政を動かす大人物となり、最期は「逆賊」として明治新政府と闘った“時代の変革者”の魅力を、豪華キャストが演じます。
 主役の西郷吉之助(隆盛)には、男らしい演技が魅力の鈴木亮平、西郷の“師”ともいえる存在となる島津斉彬に、日本を代表する俳優の一人・渡辺謙、大久保正助(利通)を、数々の受賞歴を持つ瑛太。その他、豪華な顔ぶれが、幕末期の人間ドラマを描きます。

鹿児島県立図書館 館長 原口 泉氏

明治維新の故郷 鹿児島

鹿児島県立図書館 館長 原口 泉氏

 西郷隆盛生誕の地、下加治屋町(したかじやまち)はわずか70戸余りの小さな町です。同じ町から、大久保利通・村田新八・大山巌・東郷平八郎など数々の偉人を輩出しました。
 アメリカの国務長官ウィリアム・ジェニングス・ブライアンは、明治40年頃に日本の外交官・山下弥七郎一家と会うため鹿児島を訪れた際、ブライアンは加治屋町を「ヒーローズ・クォーター(偉人地区)」と称し、感嘆の祝辞を述べました。
 また、中国の革命家黄興は、大正3(1914)年に西郷隆盛の墓参りをし、明治維新を学んで、孫文とともに中国革命を達成しました。
 今年は明治維新から150年。この節目の年に、ぜひ鹿児島で明治維新を学んでみませんか。
西郷さんゆかりの地をめぐろう!
 幕末の志士の中でも、無類の温泉好きだった西郷隆盛。
 また、狩りや釣りが趣味だったため、明治政府を辞して時間の余裕ができてからは、各地の狩猟場や釣り場を訪れたようです。
 鹿児島県内の、西郷ゆかりのスポットをご紹介します。
●西郷隆盛逗留の地
西郷隆盛逗留の地
 明治10(1877)年1月から、大隅半島南部を中心に狩りに出かけていた西郷が、宿所としていた邸宅跡。建物のほか、ちょうず鉢や石造りの浴槽などが残されています。
 西南戦争の引き金の一つである私学校生徒の火薬庫襲撃を知るまで、この場所に逗留(とうりゅう)していたので、ここが西郷にとって最後の休息の地といえるでしょう。
所在地/肝属郡南大隅町根占川北38
アクセス/南大隅町役場から徒歩約10分

●吹上伊作温泉
吹上伊作温泉
 西郷が、明治3(1870)年4月に訪れた記録が残る温泉。湯治だけでなく、周辺の山間部では狩りを楽しみ、温泉街から山道へと入った場所には、東郷平八郎の揮毫(きごう)による狩猟場を示す記念碑が立っています。
 また、近くの坊野地区には、西郷が腰掛けたといわれる大岩や、使用したとされるちょうず鉢が民家に残っています。
所在地/日置市吹上町湯之浦
アクセス/谷山ICから車で約40分、美山ICから車で約30分
●川内高城(せんだいたき)温泉
川内高城温泉
 趣のある街並みが魅力の温泉地。訪れた時期は明確ではないものの、湯治以外に狩りに出かけたり、囲碁を打ったりと、西郷がこの地で過ごした逸話が数多く伝わっています。
 近くの陽成町には、入浴の際に使ったとされる踏み台があるほか、西郷使用の碁盤や碁石、腰掛石、狩りに引き連れた犬の墓などが残っています。

所在地/薩摩川内市湯田町
アクセス/肥薩おれんじ鉄道薩摩高城駅から車で約10分、JR川内駅から車で約30分
●西郷松
西郷松
 島津斉彬の急死による政変で、奄美大島への謫居(たっきょ)を命じられた西郷。彼を乗せた船が、龍郷の阿丹崎に上陸する際、とも綱を繋いだといわれるのが「西郷松」です。
 龍郷町の生涯学習センター「りゅうがく館」入り口には、その松を利用して作られた、西郷と愛加那(奄美で婚姻した2番目の妻)の木像が展示されています。
りゅうがく館
所在地/大島郡龍郷町瀬留968-1
アクセス/奄美空港から車で約20分
●大口筋 龍門司坂
大口筋 龍門司坂
 薩摩藩を代表する街道の一つである「大口筋」。その時代から石畳が敷かれており、明治10(1877)年2月、鹿児島市街地を出発した西郷軍は加治木で一泊した後、この石畳を踏みしめて熊本へ向かいました。
 その際、地元の人々が、太鼓や三味線で西郷軍を見送ったそうです。現在も、趣ある古道として親しまれています。
所在地/姶良市加治木町木田5088-1
アクセス/JR加治木駅から車で約3分

鹿児島市長 森 博幸氏

鹿児島市長 森 博幸氏

 いよいよ今年は、明治維新一五〇周年という大きな節目を迎えることになりました。大河ドラマ「西郷どん」の放送、そして大河ドラマ館のオープンを目前に控え、この歴史的な一年を、オール鹿児島で大いに盛り上げてまいりたいと考えております。
 一五〇年前、明治という新しい時代が幕を開けました。その原動力となった「西郷どん」をはじめ薩摩の先人たちの燃える思いと実行力は、アジアで初めての近代的な国家を樹立する偉業を成し遂げました。
 一世紀半の時を経て、その礎の上に立つ私たちが、この歴史に残る節目を起点として、郷土の偉人に思いを馳せ、強い情熱とチャレンジ精神を持って、輝かしい次の時代の扉を開いてまいりましょう。ぜひこの機会に鹿児島市にお越しいただき、歴史や自然、食や温泉などを感じてください。
関連施設も続々オープン!
いぶすき西郷どん館
 西郷が、湯治や狩りで頻繁に訪れた指宿にオープンする「いぶすき西郷どん館」。1階に、大河ドラマのストーリーや魅力を体感できる「大河ドラマ館」が設置され、2階では西郷と指宿との関わりなどを紹介する特別企画展が実施されます。西郷が鰻温泉に滞在した際、宿主にお礼として贈った襦袢(じゅばん/シャツ)のレプリカ試着体験や、「西郷どんなりきりAR写真撮影」など、ユニークな体験コーナーも見逃せません。
所在地/指宿市十二町2290
アクセス/JR指宿駅から徒歩約10分、鹿児島市内から車で約1時間20分
日当山西郷どん村
 西郷が日当山温泉郷を訪れた際、宿泊していた「龍宝家」を復元した観光施設。江戸末期をイメージした建物で、施設内には展示と交流スペースを備えた「西郷どんの宿」、「日本庭園」、西郷が馬を繋いだといわれる「龍宝家のイヌマキ」があります。絵画の展示や、西郷、坂本龍馬などの衣装貸し出しのサービスも実施中。
 今年中には、レストランや霧島市の物産館、足湯なども建設される予定です。
所在地/霧島市隼人町内1487-1
アクセス/JR肥薩線日当山駅から徒歩約5分、JR隼人駅から車で約10分
西郷どん 大河ドラマ館
 大河ドラマ「西郷どん」の放送開始にあわせ、間もなく加治屋町にオープンする「西郷どん 大河ドラマ館」。西郷家・大久保家をイメージした撮影セットの一部再現や、鹿児島ロケのメイキング映像の上映、プロジェクションマッピングを活用したクイズコーナーなど、大河ドラマの世界観を体験できる施設です。
 ドラマで実際に使用された小道具や衣裳の展示もあり、大河ドラマへの期待感がグッと高まりそう。
所在地/鹿児島市加治屋町20-1
アクセス/鹿児島市電(1系統)新屋敷電停から徒歩約1分