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    歴史・文化財

    土塁の規模大きかった、大野城・上大利小水城跡

    • 新たに発掘された上大利小水城の土塁跡
      新たに発掘された上大利小水城の土塁跡

     福岡県大野城市教委は31日、古代の防衛施設だった水城みずき跡(国特別史跡)近くにある「上大利小かみおおりしょう水城跡」(同)について、今年6月から実施している第3次調査の成果を公表した。土塁がこれまで確認されていた規模よりも大きく、地形や地質に応じて積み上げ方を変えていることが分かった。

     上大利小水城は水城の西約800メートルに位置し、丘陵の間にある谷を比較的小規模な土塁でふさぐ構造であることが確認されている。白村江の戦い(663年)に敗れた倭(日本)が、唐・新羅の侵攻に備え、水城と同時期(664年)に造ったと推定されている。

     第1次(1980年)と第2次(2002年)の調査では、規模が全長約80メートル、高さ約2メートル、幅約15メートルとされていた。しかし、土塁の西側と東側で行われた今回の発掘で、全長約90メートル、高さ約5メートル、幅約23メートルと、従来の数値を上回ることが判明したという。

     丘陵部の西側では、高さのある地面を台形状に整えて土台とし、その上から粘土と砂が交互に積み上げられていた。谷部で、水がたまりやすく地盤の緩い東側は2段構造になっており、1段目を土台とし、その上に本体となる2段目を造築したとみられる。

     今回の調査は、ほぼ発掘作業を終えたが、水城に存在したほりや木製の導水管「木樋もくひ」、門、道路といった跡は見つからなかった。市教委は「水城と同様の施設が、小水城にもあったかどうかを確認するのが今後の課題」としている。

     9月2日午前10時~正午、大野城市旭ヶ丘1の現地で説明会が開かれる。小雨決行。問い合わせは、市教委ふるさと文化財課(092・580・1916)へ。

    2017年09月01日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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