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    第3部・大学発<2>新バイオ技術始動

    無限の潜在力世界で勝負へ

    • 実験室で植物を見つめる中村准教授。開発した最先端の技術が世界に飛び出そうとしている(福岡市東区で)=秋月正樹撮影
      実験室で植物を見つめる中村准教授。開発した最先端の技術が世界に飛び出そうとしている(福岡市東区で)=秋月正樹撮影

     研究機関である大学の強みは、世界で勝負できる先端技術を生み出せることだ。実用化に成功すれば、産業界に劇的な変化をもたらす可能性も秘めている。

    ◆3億円投資

     「この技術は日本独自で、計り知れない潜在力も持っている。これなら世界に打って出られる」

     ベンチャー企業などに投資する「東京大学エッジキャピタル」(東京)の宇佐美篤さん(34)は期待を込めて語った。同社など3社は今年4月、九州大発バイオベンチャー企業「エディットフォース」に3億円の投資を決めた。遺伝子情報に関して世界初の技術の特許を持つ会社だ。

     世界では今、生命の設計図であるDNA(デオキシリボ核酸)を自在に操作できる「ゲノム編集」が革命を起こしつつある。膨大な文字配列からなるゲノム(全遺伝情報)の中で、操作したいDNAの文字配列を見つけ出し、文章の編集のように、DNAの切り貼りが容易かつ正確、迅速にできる技術だ。

     遺伝子治療などの医療分野、農畜産物の改良、バイオ燃料の開発などに応用でき、筋ジストロフィーなどの難病治療や、腐りにくい農作物の開発などの研究が進んでいる。

    ◆RNA自在に編集

     同社の社長を務める中村崇裕たかひろ・准教授(45)は2003年、植物の葉緑体などの研究をする過程で、DNAから写し取られてできるRNA(リボ核酸)の特定配列を見つけて結合する珍しい特性を持つたんぱく質の仕組みを解明した。

     RNAは近年、遺伝子の働きを調節するなど、様々な役割を担っていることが判明している。「このたんぱく質がRNAの情報を見分ける特性を生かせば、RNAを自在に編集できるはずだ」。実験の結果は予想通りだった。

     現在、DNAの編集技術は欧米企業に特許を押さえられており、事業化すると、膨大な特許使用料を支払う必要がある。だが、「RNAなら活路が見いだせる」と中村准教授は11年に技術を特許出願。その後、DNAも編集できることが分かり、15年に同社を創業してDNAとRNAの双方を編集できる世界初の技術を手にした。

     当時、同大の正式な研究者になれるかどうか試されている時期で、「新しいことにチャレンジしてみよう」という思いも背中を押した。現在、従業員は出資会社からの出向者など30人。この技術の商用化に向けた詰めの研究をするとともに、協業企業探しを進める。

    ◆難病治療法確立を

     九州大の眼科医だった鍵本忠尚さん(40)は05年、眼科チームで医療ベンチャー企業を創業。糖尿病網膜症などの手術をやりやすくする薬剤を開発した。今年4月、薬剤事業は他社に譲渡したが、薬剤は今も年間12万本が世界で販売され、特許を持つ九州大が多額の特許使用料を得ている。

     鍵本さんは、さらに再生医療研究に取り組むため、11年に別会社を起業。神戸市の研究施設で、加齢黄斑変性かれいおうはんへんせいという目の難病をiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使って治療する技術の確立に取り組んでいる。

     「福岡は創業の地で、多くの人たちが株主になって、成長を支えてくれている」と鍵本さん。この薬剤に限らず、九州発の技術が世界へ飛躍する日は、そう遠くないかもしれない。

    ◆経営面で課題も

     各大学は「大学発ベンチャーを新たな収益源へと成長させ、国内外の若者を呼び込みたい」と期待するが、課題もある。

     経済産業省の16年度の調査によると、確認できた約1850の大学発ベンチャー企業のうち、黒字化を達成できたのは約55%のみ。さらに、前年度の調査後に閉鎖したのが169社に上った。経営面を強化し、長期的に企業を育てることが求められている。

     みずほ総合研究所の岡田豊・主任研究員(地域経済)は「地方の大学は経営人材の確保が課題で、大都市圏の大学との人材獲得競争で生き残れるかどうかの瀬戸際に立たされている。地方に優秀な人材を定着させるためにも、大学がもっと必死になり、地元の企業や行政との連携も強化していくべきだ」と話している。

    2017年08月31日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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