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    薩長同盟龍馬が書面か、鳥取藩留守居役「寺田屋にあった」国元へ報告

     幕末に薩摩、長州両藩が結んだ薩長同盟に、両藩が協力して幕府勢を京都から排除する約束があったことをうかがわせる文書が、鳥取県立博物館(鳥取市)で見つかった。寺田屋事件(1866年)で伏見奉行所の襲撃を受け、重傷を負った坂本龍馬が宿に残したという書面の内容を記したもので、専門家は「同盟の中身に関する史料は少なく、貴重な発見だ」としている。

     文書は、鳥取藩の京都留守居役が国元への情勢報告をまとめた「京坂書通写」(縦14センチ、横20センチ、全12巻)の一部。山口県下関市立歴史博物館の学芸員が6月、龍馬没後150年の特別展に向けた調査で発見した。

     同盟締結と寺田屋事件から約2週間後、慶応2年(66年)の「2月7日付」の報告で、伏見奉行所による寺田屋襲撃後に「龍馬の荷物は寺田屋に残され、中には薩摩藩が長州の関係者と相談していたことを記す書面があった」としている。

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    2017年09月13日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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