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    奇兵隊の軍服故郷へ、子孫が寄贈…山口県立山口博物館で初公開

    • 元森熊次郎が着た軍服には銃弾に貫かれた穴が残る(山口県立山口博物館で)
      元森熊次郎が着た軍服には銃弾に貫かれた穴が残る(山口県立山口博物館で)
    • 軍服姿の熊次郎(左)(山口県文書館所蔵、山口県立山口博物館提供)
      軍服姿の熊次郎(左)(山口県文書館所蔵、山口県立山口博物館提供)

     幕末の長州藩で編成された「奇兵隊」の隊士が身に着けていた軍服が、今年の明治維新150年に合わせ、5日から山口県立山口博物館(山口市)で初めて一般公開される。奇兵隊の軍服は写真などで確認されているが、同館によると、現物が確認された例はなく、貴重という。

     山口博物館によると、軍服を着ていたのは萩出身の元森熊次郎(1845~68年)。奇兵隊を創設した高杉晋作が挙兵し、保守派を打倒した長州藩の内戦で活躍し、士籍を授けられた。5番小隊の司令となり、1868年(慶応4年=明治元年)に戊辰ぼしん戦争にも従軍。会津若松(福島県)に進軍中、現在の新潟県内で銃弾を受け、同年5月に亡くなった。

     軍服は濃い紺色で、三つボタンの上着と西洋式の細袴ほそばかまという和洋折衷の一対。新政府軍に組み込まれた長州藩の正式な袖印「白線一本」が右袖に施され、細袴には帯刀のための布製のひもが巻かれていた。右肩部分には銃弾の穴が開いている。

     軍服は東京都内の神社に預けられていたが、子孫の一人で杉並区に住む元森のりおさん(88)が、軍服を着て撮影された熊次郎の写真や5番小隊の旗などの遺品とともに、山口県に寄贈した。仙さんは「軍服が故郷の山口に戻り、熊次郎も喜んでいると思う。命を顧みず、時代を変えようとした若者がいたことを知ってほしい」と語る。

     山口博物館は、軍服と遺品を2月12日まで期間限定で一般公開。山田稔学芸課長は「軍服だけでなく、それを着た隊士の写真や来歴が分かる非常に珍しい資料だ。明治維新150年の機会に、幕末の歴史を見つめ直すきっかけとなってくれれば」と話す。

     問い合わせは同館(083・922・0294)へ。

    2018年01月04日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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