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    東京湾 北限のサンゴ守る人々

     サンゴといえば、遠い南の島にでも行かないと見られないもの……と思い込んでいませんか? 実は、生息域の北限は東京湾なのです。その貴重な自然を守る活動に、情熱を注ぐ人たちがいます。(地方部 斎藤健二)

    都心から90分 自然の宝庫

    • 千葉県館山市の東京湾で見られるトゲイボサンゴと、周囲を泳ぐソラスズメダイ(たてやま・海辺の鑑定団提供)
      千葉県館山市の東京湾で見られるトゲイボサンゴと、周囲を泳ぐソラスズメダイ(たてやま・海辺の鑑定団提供)

     東京湾の玄関口にあたる、房総半島南端の千葉県館山市。その一角に突き出る沖ノ島は、陸地とつながる周囲1キロほどの小島だ。樹齢300年のタブノキを中心に緑が豊かで、海水の透明度は、冬だと25メートルに達する。

     東京湾のサンゴは、この沖ノ島で観察される。都心からわずか90分ほどの場所。「普段の自分たちの生活で使う水が、東京湾のサンゴまでつながっていると実感できます」。そう話すのは、沖ノ島を中心に自然体験ツアーなどを主催しているNPO法人たてやま・海辺の鑑定団理事長の竹内聖一(しょういち)さん(52)だ。

     ツアーは、無人島探検、シュノーケリング、ビーチコーミング(貝殻など漂着物を拾い集めて観察したり装飾品にしたりする活動)など多岐にわたる。参加者は年間3000人以上。その中で、サンゴは多くの人々をひきつける魅力的な存在だ。身近な自然の大切さについて考えるきっかけになると、竹内さんは考えている。

    • 夏はシュノーケリングに多くの子供たちが参加する(たてやま・海辺の鑑定団提供)
      夏はシュノーケリングに多くの子供たちが参加する(たてやま・海辺の鑑定団提供)
    • 「特別な自然というわけではないが、沖ノ島には色々な発見がある」と話す竹内さん
      「特別な自然というわけではないが、沖ノ島には色々な発見がある」と話す竹内さん

    温かく澄んだ海水 サンゴ30種

    • 沿岸の浅い海に生息するエダミドリイシ(たてやま・海辺の鑑定団提供)
      沿岸の浅い海に生息するエダミドリイシ(たてやま・海辺の鑑定団提供)

     確認されているサンゴはイボサンゴやエダミドリイシなど約30種。「あそこの岩の周囲にサンゴがいますよ」。竹内さんが浜辺を歩きながら指差したのは水深1~2メートルの浅瀬。シュノーケリングでもう少し深い所を観察すれば、さまざまな種類のサンゴが見られ、夏季はクマノミやソラスズメダイ、ツノダシなどの色鮮やかな魚に出会うこともある。

     サンゴの生息には、温かくて澄んだ海水が不可欠。そうでないと光合成が途絶え、死滅してしまう。沖ノ島周辺海域の水温は、南からの黒潮で高く保たれているが、透明度を保つためには、島の生態系を守り、ゴミや生活排水で海を汚さないことが必要だ。同鑑定団では、海岸のゴミ調査と清掃を行い、環境保全の啓発に努めている。「一人ひとりが生活を少しでも見直すことが、大きな力になる」と竹内さんは言う。

    “仕事漬け生活”見切り、海辺へ移住

    • 館山に移住してまもないころの竹内さん
      館山に移住してまもないころの竹内さん

     竹内さんは東京・港区出身。東京湾のすぐそばで生まれ育ち、子どもの頃から釣りなど海での遊びが楽しみだった。

     大学卒業後、家電量販店に勤めた。バブル崩壊後の家電業界は再編の動きの中、残業が毎月100時間を超えるような厳しい労働環境だった。「自分の時間も満足に取れない。このままの人生でいいのかな」

     自問自答の末、趣味の釣りで愛着のあった館山へ2001年に移住。市内のホテルに職を得て、宿泊客に周辺の自然を紹介したり、休日に海や自然を楽しんだりするうち、沖ノ島に大きな可能性を感じるようになった。「沖ノ島を案内して回ると、子どもが海や生物への関心を高めたり、地域の人が改めて価値に気づいたり、人に変化が起きます」

    • 貝殻が大量に漂着する沖ノ島。そんな海辺での暮らしに竹内さんは引きつけられた
      貝殻が大量に漂着する沖ノ島。そんな海辺での暮らしに竹内さんは引きつけられた

     人と自然を結びつける仕事に大きなやりがいを感じ、2004年に鑑定団を設立。活動を続けていくため、引っ越しや草刈りのアルバイトをして資金を補ったこともある。

     エコツアーの時は、ニックネームの「うみがめ」と書かれた名札をつける。地元の子供たちには、近所で会うと「うみがめさん」と声をかけられることもある。「子供たちが、沖ノ島を誇りに思ってくれたらうれしい。それが自然を残す一歩になりますから」

    大切な仲間の遺志 胸に

    • サンゴイソギンチャクとクマノミ。沖ノ島周辺では、こんな色鮮やかな光景に出会うことも(たてやま・海辺の鑑定団提供)
      サンゴイソギンチャクとクマノミ。沖ノ島周辺では、こんな色鮮やかな光景に出会うことも(たてやま・海辺の鑑定団提供)
    • 沖ノ島で旧日本軍が作った洞窟の前に立つ竹内さん
      沖ノ島で旧日本軍が作った洞窟の前に立つ竹内さん

     竹内さんたちの地道な活動も手伝って、沖ノ島の知名度は高まったが、一方で、海水浴客らが出すゴミやマナーの問題が深刻になりつつある。新たな課題に直面する中、2015年末、「沖ノ島サンゴの生き字引」と呼ばれた仲間が突然の病気で亡くなった。69歳だった。

     竹内さんは、その仲間とはルールを決めるべきか、あるいは海水浴客らの自主性に任せた方がいいのか、意見を異にすることもあったが、「沖ノ島は将来に残さなければいけない宝物だ」という思いは同じだった、と振り返る。「突然で本当に驚きました。やり残したことがたくさんあったと思います」。竹内さんは、志半ばでこの世を去った仲間の分まで活動に取り組んでいく思いを、新たにしている。

    サンゴの分布 市民参加で継続調査

    • サンゴの大きさなどを計測するダイバーたち(OWS提供、高砂淳二撮影)
      サンゴの大きさなどを計測するダイバーたち(OWS提供、高砂淳二撮影)

     「ぎりぎりの環境で生きる東京湾のサンゴは、海温上昇に敏感に反応すると考えられます。経年調査は地球温暖化を監視することにつながるんですよ」と話すのは、国立環境研究所生物・生態系環境研究センター(茨城県つくば市)の山野博哉センター長(46)。

     「北限域の造礁サンゴ分布調査」(主催・NPO法人OWS=東京都渋谷区)という、一般ダイバーも加わることができる市民参加型プロジェクトがある。対象は、太平洋側の北限とされる伊豆・三浦・房総半島。国際サンゴ礁年の2008年から始まり、10年目に突入した。

     山野さんも研究者として、発足当初からタンクを背負って海に潜った。館山では、定めた調査区域(3メートル×3メートル)4か所内の、サンゴの成長や新しく加わる種を毎年、写真・動画で記録している。

    • 館山の海に潜り、調査を続ける山野センター長
      館山の海に潜り、調査を続ける山野センター長

     東京大で地理学を専攻し、調査に訪れた沖縄・石垣島でサンゴ礁に魅せられた。地球温暖化による海水温上昇で、南のサンゴは白化し、減少。南から避難するようにサンゴの北上が続いている。南の島から始まったサンゴ研究の旅は、東京湾にまで達した。山野さんのこれまでの研究では、種によっては、年14キロのペースで北上していることがわかっている。

     100年後には青森にもサンゴが広がるとの予測もある。サンゴが増えると、代わりに海藻が減る。打撃を受ける漁業者にとっては、歓迎できない客だ。山野さんは「変化が起きているのは事実。データを示し、漁獲する種を変えるなどの適応を促すのも研究者の仕事」と話す。サンゴ保全と人間の生活のバランスをどう保つか、課せられた役割は大きい。

    2017年03月07日 09時43分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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