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    古今の作家を巡って専門家と読者からの感想、意見を紹介します。

    どっち派? 吉川英治と山本周五郎

     今月は多くの歴史・時代小説を手がけ、ともに昭和を代表する国民作家といえる吉川英治と山本周五郎の対決です。史実を元にした超大作で歴史の面白さを知らしめた吉川と、人の情を精緻に描く長短編が深い感動を呼んだ周五郎。あなたは、どちらを選びますか。

    吉川英治…リズム感 映像を喚起

     やはりというべきか、群を抜いて投書が多かったのが、剣豪小説の代表作『宮本武蔵』(吉川英治歴史時代文庫)でした。水戸市の長谷川庸煕つねひろさん(59)は、中学の時、ラジオの再放送番組で、徳川夢声の朗読を聞いて読み始め「波乱万丈の物語が面白く、劇画を読むように活字を追った」。最近文学講座をきっかけに読み始めた東京都町田市の戸田昭子さん(74)は、「小次郎との闘いの場面をぜひ声に出して読んでほしい」と推薦。リズム感ある文章が映像を喚起し、声に出して読むと一層醍醐だいご味が増す。そこに大衆文学の雄たる氏の魅力の一端があるのかもしれません。

     大長編が多い吉川文学の中でも、最長は全16巻になる『新・平家物語』(同)。群馬県桐生市の高草木たかくさぎ誠さん(60)は、高校時代、お年玉で古本を入手しようとして売り切れで、その悔しさを話した叔父さんからプレゼントされた思い出が。「それから休まずに最後まで読んだ。吉川版の平家は時に庶民の視点で上を見上げて立体的。日本人が日本人である心を発掘するための必読書です」

     一方、高松市の吉田健太さん(42)は、先日読み終えた『私本太平記』(同)が人生で最も面白かった本とか。「偶像化された南北朝時代の武将たちを、時代に振り回される生々しい人間に引き戻している。8巻にもなるのに、最終巻の終わりが近づくと寂しかった」

     最初から長いのはとためらう方は、名古屋市の大橋昌幸さん(55)が推薦する1冊完結の初期作はいかが? 大元はフランスのミステリーという『牢獄ろうごくの花嫁』(角川文庫など)は「アメリカのアイリッシュばりのサスペンス」、『江戸城心中』(同)は「ラストが秀逸のピカレスク(悪漢小説)」だそうですよ。

     よしかわ・えいじ 1892~1962年。神奈川県生まれ。高等小学校中退。さまざまな職を経て、関東大震災を機に文学に専念。25年からの『剣難女難』連載で大衆文学の人気作家に。『鳴門秘帖』で時代小説作家の地位を確立し、『宮本武蔵』(35~39年)で剣の求道者像に新次元を開き、50年からは7年かけて『新・平家物語』をまとめた。60年、文化勲章受章。

    山本周五郎…人間の二面性捉える

    • 撮影・秋山青磁
      撮影・秋山青磁

     「慎み深く筋の通った生活ぶりや生き方が読むたびに心にしみる」。埼玉県白岡市、水野きよ子さん(71)が、『小説 日本婦道記ふどうき』(新潮文庫)に寄せた言葉は、周五郎作品の魅力を言い表しているかもしれません。日本の女性たちのりんとした美しさと強さを描く連作短編集には、多くの推薦が。千葉県船橋市の長谷川泰子さん(77)は、作者が母親をモデルにしたとされる「松の花」に、「四十数年前、大往生した祖母の姿と重ね合わせしみじみ読んだ」そうです。

     無実の罪を着せられる栄二と、彼を慕う不器用なさぶの友情を描く『さぶ』(同)も人気。「何げない言葉が人間の真実をついている。中学2年の時にとりことなり、友達の誕生日に本をプレゼントしていた」という埼玉県熊谷市の板倉愛子さん(53)始め、若い人に勧める投書が多かった。新潟市の早川和雄さん(62)は、「『どんな人間だって独りで生きるもんじゃない』と伝える物語に何度もホロリとした」そうです。

     「吉川英治とのしき縁を感じる」と『大炊介始末おおいのすけしまつ』(同)収録の短編「よじょう」を推すのは静岡県磐田市の宮崎健一さん(67)。庶民の視線で剣聖・宮本武蔵を道化的に捉え、「権威主義を茶化ちゃかしているし、庶民のしたたかさにも驚かされる」。直木賞辞退や文壇嫌いで知られ、曲軒(へそまがり)と渾名あだなされた周五郎の反骨精神がうかがえる一編です。善も邪もある人間の二面性を深く捉えていた作家ともいえるでしょう。

     その洞察力は歴史小説にも生きています。長崎市、河村健郎たけおさん(51)は、仙台藩の伊達騒動で悪人とされてきた原田甲斐像を一変させた『もみノ木は残った』(同)から「歴史を一方的でない視線でみる大切さを教えられた」といいます。

     やまもと・しゅうごろう 1903~67年。山梨県生まれ。横浜の小学校卒業後、東京の質屋の徒弟に。恩を受けた店の名を筆名とした。26年の『須磨寺附近』が文壇出世作に。43年に『日本婦道記』で直木賞に推されるも固辞。59年に『樅ノ木は残った』での毎日出版文化賞を辞退、61年には千葉・浦安の生活体験を基にした『青べか物語』での文芸春秋読者賞を辞退。

    記念館や没後50年展

     吉川英治作品は、講談社が「吉川英治歴史時代文庫」(全80巻・補巻5)が代表作を網羅し、新潮文庫は『宮本武蔵』『三国志』などを刊行、角川文庫も初期作などを復刊している。疎開先の東京都青梅市には、吉川英治記念館(3~5月、9~11月開館)がある。

     山本周五郎作品は新潮文庫で現在54冊が読め、「山本周五郎長篇ちょうへん小説全集」(全26巻)も。関連資料を収蔵する神奈川近代文学館(横浜市)では9月30日から11月26日に生涯を原稿や日記でたどる「没後50年 山本周五郎展」を開催。11月からNHK・BSプレミアムで『赤ひげ診療譚しんりょうたん』がドラマ化される。(佐)

    2017年09月06日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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