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    古今の作家を巡って専門家と読者からの感想、意見を紹介します。

    どっち派? 向田邦子と須賀敦子

     1929年生まれの女性作家2人にご登場願った今回の対決、投書の数ではお茶の間の人気をさらった向田邦子がリードしました。しかし、文学の価値は多数決では決まりません。須賀敦子が残した味わい深い詩情もまた、根強いファンの支持を集めました。

    向田邦子…苦みある物語 食への尊敬

    • 直木賞を受賞して会見する向田邦子さん
      直木賞を受賞して会見する向田邦子さん

     向田邦子の短編をエスプレッソにたとえるのは、静岡市の竹内久美子さん(57)。40代に入って読んだ『思い出トランプ』(新潮文庫)について、「苦みを強く感じる。20代で読んでいても、その良さはわからなかったでしょう」と告白します。

     作家は、何げない一言に思いを込めます。東京都台東区の山本由美さん(57)は、<死んだ父は筆まめな人であった>で始まる掌編「字のない葉書はがき」(『眠るさかずき』講談社文庫収録)を推します。「簡潔な文章から戦争の悲しみや娘への父の深い愛情が読み取れます」

     ある日突然失踪した父を巡る騒動を描いた短編「胡桃くるみの部屋」(『隣りの女』文春文庫収録)を挙げた、北海道富良野市、増田篤子さん(66)は、「暗くなりがちな内容なのにユーモアがある。向田さんの人柄でしょうか」と書きます。

     60年代にラジオで『森繁の重役読本』(文春文庫)を聴いていた栃木県足利市、根本金二さん(72)は、中年男の悲哀を描いた筋立てに「大会社の重役とはこういう人なのか」とまじめに耳を傾けていました。「今思うと懐かしい」

     京都市の早瀬知恵子さん(68)のお薦めは、短編集『愛という字』(同)。画家と出会った主人公の心の変化が様々な色で表現され、「実際にどんな色なのか知りたくて画材屋さんに行きました」。

     川崎市の千葉路世さん(53)は、『向田邦子の手料理』(講談社)を愛読しています。「包丁さばきから器選びまで、食いしん坊の向田さんの魅力がいっぱいです」。千葉県館山市、小栗みさ江さん(56)も、「食に対する尊敬の気持ちが素直に書かれています」。食べることは生きること。「食」への愛は、作家のライフスタイル、人生哲学そのものだったのです。

     むこうだ・くにこ 1929年、東京生まれ。映画雑誌編集者を経て脚本家に転じ、テレビドラマ「寺内貫太郎一家」「阿修羅のごとく」「あ・うん」などで高い評価を得た。80年、連作短編集『思い出トランプ』収録の「花の名前」他2作で直木賞受賞。81年、台湾旅行中に飛行機事故で死去。著書にエッセー『父の詫び状』『女の人差し指』、短編集『隣りの女』ほか。

    須賀敦子…文章に味わい 快活な精神

    • 1961年、コルシア書店で本に囲まれている須賀敦子(河出書房新社提供)
      1961年、コルシア書店で本に囲まれている須賀敦子(河出書房新社提供)

     最初の著書『ミラノ 霧の風景』(『須賀敦子全集第1巻』河出文庫収録)が世に出た時、須賀敦子は61歳。その文章は最初からいぶし銀の輝きを放っていました。高知県四万十市、下谷文美さん(61)は、「すっきりした文章や見事な比喩は、読めば読むほど味が濃くなっていく」と魅力を語ります。

     <きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ>という『ユルスナールの靴』(同第3巻収録)の書き出しを愛する人は多いでしょう。この快活な精神は、兵庫県三田市、藤原栄美子さん(30)にとって勇気そのもの。「今ではそらで口ずさめるほど。呪文を唱えるように、今日も歩く。歩く」。東京都練馬区、菅原泰子さん(48)も、「迷ったり足が止まったりする時、須賀さんのことを思い出す。私の人生の師匠の一人」。

     夜更けのミラノの空港待合室で飛行機を待つ間、作家は自らを「季節外れの小さな昆虫」にたとえます。この『トリエステの坂道』(同第2巻収録)の一節を読むと、埼玉県川越市、校條めんじょう清さん(58)は、「最初は不安で心細くても、やがて土地になじんでいく」須賀敦子を想像するそうです。福島県郡山市、遠藤雍子ようこさん(82)も、「イタリア人男性と結婚して現地に溶け込んだ須賀さんのすごさ」に感銘を受けた一人です。

     結婚から6年後に夫が急逝した後、帰国する作家にとって、イタリアは「別離」の対象でした。東京都北区、村上みどりさん(41)は、『ミラノ 霧の風景』に収められた掌編に思いを重ね、「適度な距離を保ち続けながら、深い敬意と愛をもって誰かと関わることができたら」と独白します。須賀敦子が愛したイタリアもまた、遠くにありて思う第二の故郷だったのでしょう。

     すが・あつこ 1929~98年。兵庫県生まれ。フランス留学を経て58年にイタリアへ渡り、日本文学の紹介に取り組む。71年に帰国し、上智大学でイタリア語を教え、後に教授となる。91年、エッセー『ミラノ 霧の風景』で女流文学賞受賞。著書に『トリエステの坂道』『ユルスナールの靴』、訳書にギンズブルグ『マンゾーニ家の人々』、タブッキ『インド夜想曲』ほか。

    没後なお新刊、舞台化

     今年は須賀敦子没後20年。最近発見された未発表の詩44編によって、イタリアへ渡ったばかりの1959年頃の創作の一端が明らかになった。またダンテやギンズブルグなどの未発表新訳を収めた『須賀敦子の本棚』全9巻(河出書房新社)が、6月から順次刊行される。

     一方、没後37年を経てなお根強い人気がある向田邦子。78年に脚本を手がけたテレビドラマ「家族熱」の3年後を描いた同名のふたり芝居(台本・演出=合津直枝)が、5月29日~6月5日、東京・池袋の東京芸術劇場シアターウエストで上演される。出演はミムラ、溝端淳平。(良)

    2018年04月04日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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