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    古今の作家を巡って専門家と読者からの感想、意見を紹介します。

    どっち派? 川上弘美と小川洋子

     皆さん、ついにやりました! 一昨年4月の「芥川龍之介VS谷崎潤一郎」にはじまり、「猫の本VS犬の本」「短歌VS俳句」など、様々なものを対決させてきたこのコーナー。3年目突入を記念し、現代の女性文学を牽引する現役作家2人の登場が実現しました。投稿にはいずれも、熱い心がこもっていました。

    川上弘美…変幻自在 不思議な世界

     年の離れたセンセイと37歳のツキコさんとの恋を描いた人気作『センセイのかばん』(新潮文庫)。この中でセンセイが知人からもらったはがきを見て、語る場面があります。

     <あいかわらず石野先生の字はいい字ですね>

     美しい文字で書かれた封書やはがきの投稿が、川上派には目立ちました。川上ファンは礼儀正しい。原稿用紙に青の万年筆で同作の魅力を記すのは、福島県郡山市の遠藤雍子さん(82)。「清潔感が漂い、互いの生活の場を尊重し、日々を過ごすスタイルに安心感を覚えます」

     大阪府池田市の池田秀子さん(48)は、自身も22歳年上の人と交際し、後に結婚しました。「この本を読み、相手の生も死もこの手で包み込もうと思った」。イラストを添えたはがきが胸に染みました。

     東京出身の川上さんは、1994年に36歳でデビュー。2年後に『蛇を踏む』(文春文庫)で芥川賞を受けました。ある出来事から繰り広げられる話に、神戸市の都恵子さん(61)は「怖いけれど、不思議な世界に誘われる」。タコ、イタチ……。「異界に誘われる物語です」。千葉県木更津市の加藤豊子さん(54)は、『龍宮』(同)を薦めます。

     川上作品は、変幻自在。現代ものの代表作は、かそけき文章も心に残る『真鶴』(同)。「川上さんは私の1等の作家」。京都府南丹市の崎山美智子さん(75)から達筆な手紙をいただきました。「男の生理や欲求を分かっていることに驚かされる」と、連作短編集『どこから行っても遠い町』(新潮文庫)を語るのは、横浜市の茂木房夫さん(60)です。

     ファンタスティックな世界で読者を驚かせた『七夜物語』(朝日文庫)、句集『機嫌のいい犬』(集英社)やエッセーなどにも投稿がありました。多才な作家は変貌へんぼうの途上です。

     かわかみ・ひろみ 1958年生まれ。お茶の水女子大で生物学を学ぶ。中学・高校の理科教師を経て、94年にデビュー。96年に『蛇を踏む』で芥川賞、2000年に『溺レる』で伊藤整文学賞、01年に『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞、15年に『水声』で読売文学賞を受賞。漫画やSFにも詳しく、近未来の世界を舞台にした『大きな鳥にさらわれないよう』などの作品もある。

    小川洋子…生の輝き平穏に潜む“毒”

     「何度読み返しても温かい気持ちになります」。大阪市の速水峰子さん(64)をはじめ、多くの投稿を集めたのは、2003年に発表された『博士の愛した数式』(新潮文庫)です。記憶が80分しか続かない博士と息子を抱えた家政婦の交流が胸を揺さぶります。

     北海道富良野市の増田篤子さん(66)も「『数』というものの不思議さを教えられた」と寄せてくれました。

     岡山出身の小川さんは、26歳で海燕新人文学賞を受賞してデビューしました。芥川賞受賞作『妊娠カレンダー』(文春文庫)、「冷めない紅茶」(『完璧な病室』中公文庫収録)、『シュガータイム』(中公文庫)など、初期作品を推薦するのは、山口市の小谷洋子さん(45)。「休日の雨の午後に読みたいような本です」

     どんな生にもある一瞬の輝きをとらえるのが、小川さんの世界です。「反政府ゲリラに捕まった8人が、大切な話を朗読します。死ぬかもしれない状況で語られる話がとてもせつない」。青森市の長牛由美さん(43)の一冊は、『人質の朗読会』(同)。

     小さな鳥と大切な兄を愛した男の静かな一生。名古屋市の古川佳江さん(48)は『ことり』(朝日文庫)を推します。「普段の殺伐とした毎日に、ふっと立ち止まらせてくれる。忘れかけていたもの、いつのまにか見えなくなったものに気づかせてくれます」

     小川派には、心優しく、深い投稿が目立ちました。横浜市の芳村美沙希さん(24)は、長文のメールをくれました。「小川さんの描く作品は、一見平穏そうな暮らしの中に“小さいけれど確実に痛い毒”が潜んでいる。『相反する』がキーワードではないか」

     挙げるのは、『琥珀こはくのまたたき』(講談社)。幸福の中に不幸、不幸の中に幸福がある忘れられない物語です。

     おがわ・ようこ 1962年生まれ。早大で文芸創作などを学ぶ。88年のデビュー後、息子を出産して子育ての傍ら執筆を続けた。91年に『妊娠カレンダー』で芥川賞、2004年に『博士の愛した数式』で第1回本屋大賞と読売文学賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、06年に『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞を受賞。プロ野球・阪神ファンとしても知られる。

    読み手としても巧み

     数々の名作を紡ぐ小川さんと川上さんは、巧みな本の読み手。2人が親しんだ書物についての著作にも触れたい。

     小川さんと平松洋子さんとの共著『洋子さんの本棚』(集英社文庫)は、同じ岡山出身の書き手が、互いの読書の記憶を語る。思春期の頃に触れたアンネ・フランク『アンネの日記』など、本との時間を大切にする様子が伝わる。

     一方、川上さんの『大好きな本』(文春文庫)は、小説や詩集、翻訳書など、著者の書評144本を収める。川上さんには長く、本紙の読書委員も務めていただきました。その書評は、本と向き合った時間が流れています。(待)

    2018年05月02日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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