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    自分がもし本屋を開いたら――。本好きな著名人が登場し、書店主になりきります。

    1月の店主は永田紅さんです

    自分の居心地よい“巣穴”

     娘は三歳四か月になった。

     保育園では毎日、読み聞かせをしてもらっている。家でも、「読んで読んで」と絵本を抱えてやってくる。夏に富良野メロンを注文したときのダンボール箱が絵本の大きさにちょうどよく、箱の口を横に向けて子ども用の本を並べているのだが、娘はその前でしばらく考えたあと、なるべく長い時間読んでもらおうと何冊も選んでくる。二人でこたつにもぐりこみ、ページを繰る。

     この、もぐりこむ、という感じが昔から好きだ。子どものころには、部屋の隅っこの箪笥たんすと窓のすきまに入り込み、漫画を全巻積み上げて読み進めてゆくのが幸せだった。秘密基地のような、隠れ家のような。

     子どもは、外界から区切られた小さな空間が好きだ。小学校に上がる前だったか、ユキヤナギの茂みにもぐりこみ、垂れ下がる白い花の内側から世界を見たときの、居場所を得たようなあの新鮮な感じが忘れられない。

     娘も、クッションや座布団を運んできて、自分の周りに上手に仕切りを作り上げる。ビーバーみたいだなと眺めていると、出来上がった家にぬいぐるみたちと一緒に入り込み、私は、「ピンポーン、だれかいますか」と訪問する人の役をさせられる。

     自分の小さな世界を感じつつ、外界とつながる。読書も、そんな経験だ。だから書店をつくるなら、小さな秘密基地がたくさん入り組んだような、そしてまた自分で勝手に新しく区画をつくってゆけるような、仕切りだらけで仕切りのない、巣穴のような書店がいい。読みたい本を集めてきて、ビーバーのように自分の周りに土手を築いたり、他のお宅を訪問してみたり。誰かの世界観の残り香ただよう空き家に入り込むのも面白いだろう。訪れるたびに、書店の中の地図は変わっているから、また自分の居心地のよい一画を作りなおす。

     子どもと一緒に過ごしていると、昔の感覚が鮮やかによみがえってくる。これから、娘と同じ本を読んで話をできるようになるのが楽しみだ。

     いま、仕事と子育てでなかなか本が読めない。<小説を読まない日々は蜘蛛くもの巣が光の意味を失うことだ>という歌を作ったが、蜘蛛の糸の細い光に目を留める余裕をもてるよう、ときどきは空想書店で遊びたい。

     ながた・こう 1975年生まれ。永田和宏と河野裕子という歌人の両親のもと、自身も歌人となる。2001年、歌集『日輪』で現代歌人協会賞。ほかの歌集に、『ぼんやりしているうちに』。京都大特任助教(細胞生物学)。

    店主の一冊

    ●『私小説 from left to right』(水村美苗著、ちくま文庫、880円)12歳で渡米した主人公。何者でもないところから始まった異国での日々、不安を鬱々うつうつと描きながら、英語、日本語まじりの意識の流れが不思議に心地よい。

    ●『ねむいねむいねずみのクリスマス』(佐々木マキ著、PHP研究所、1068円)「ねずみが たびを していたよ」に始まるシリーズの一冊。最後にちょこっといいことが。

    ●『日本の色辞典』(吉岡幸雄著、紫紅社、3300円)日本の伝統色を、染料の解説や古典の引用とともにカラーで再現。刈安色、山吹色、黄蘗きはだ色の微妙な差も、名を知ってこそ。

    ●『クリスマスの三つのおくりもの』(林明子著、福音館書店、1650円)てのひらサイズの三冊のセット。娘は穴のあいたサンタの袋の話がお気に入り。

    ●『樺太を訪れた歌人たち』(松村正直著、ながらみ書房、2500円)戦前には多くの歌人が樺太を訪れて歌に詠んでいる。歌の鑑賞にとどまらず、その足跡や歴史を丹念にたどった書。

     丸善丸の内本店(JR東京駅前)の3階で、近日中に永田紅さんの「空想書店」コーナーが登場します。

    2017年01月25日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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