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    自分がもし本屋を開いたら――。本好きな著名人が登場し、書店主になりきります。

    4月の店主は木村朗子さんです

    本のソムリエ いてほしい

     毎年、新学期になると新入生に必ず言うことがある。

     せっかく東京の大学に来たのだから、劇場で芝居をみること、ミニシアターで映画をみること、それから背表紙を眺めるだけでもいいから大きな本屋に毎週通うこと。そうはいったものの、大型書店で自力で本を選ぶのはもはや至難の業だ。

     読む必要があるかどうかという基準で選ぶならことは簡単で、レポートや論文の課題に関わる本を検索すればすむ。ほんとうに難しいのは、いまだ知らない、それもばつぐんにおもしろい小説作品を見つけ出すことだ。できれば予想もつかない読後感を残してくれるような本を読みたいから、知らない国の作品にも挑戦したい。そんなときワインのソムリエみたいに好みにぴったりの本を選んでくれる人が本屋にいたらどんなにいいだろうと夢想する。ワインの場合なら、前に飲んでおいしかったものを言うのが早い。どんな味わいのものを勧めればいいかつかみやすくなるからだ。

     そんなふうに好みとシチュエーションに合わせて本を選んでくれるような、本のソムリエがいる本屋がほしい。店構えは小さめがいい。窓際のディスプレイにはベストセラーではなく、少し風変わりな本がならんでいるのがいい。店内すべての本を把握している店主が一人いるだけでいい。といって、そういう本屋の存在はまったくの空想というわけでもない。

     休暇でインドのバンガロールに滞在していたときのこと。本の虫という名前の古本も新刊本もいっしょくたに売っている本屋で、ヌシン・アルバブザダア『アフガンうわさのバザール』という本を手にフラフラと店内を物色していると、「この本、きっと気に入ると思うよ」と、アーザル・ナフィーシー『テヘランでロリータを読む』が差し出された。

     女性作家の書いたアフガニスタンの日常を活写した本に興味があるのなら、きっとイランの大学で英文学を講じていた女性の書いた本にだって興味があると思ったのだろう。なかなかに鋭い観察眼である。

     でもこの本は日本語訳ですでに読んでいてとてもよかったと告げると、こんどはインドの最新の小説を紹介してくれた。イギリス植民地時代から独立運動への時代を描いた壮大な物語だった。そうやって次々と新しい世界に目を開かせてくれる小説を教えてくれる店主がいる本屋が理想だ。

     きむら・さえこ 1968年生まれ。津田塾大教授、日本文学研究者。著書に『震災後文学論』『女たちの平安宮廷』『女子大で「源氏物語」を読む』など。日本の古典文学や現代文学を論じ、注目を集める。

    店主の1冊

    • 背景は東京・荻窪の書店「Title」
      背景は東京・荻窪の書店「Title」

    ●『アメリカーナ』(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著、くぼたのぞみ訳、河出書房新社、4600円)ナイジェリア女性作家による恋愛小説。オバマ政権下にアメリカ留学した主人公は自国にはない人種問題に直面する。


    ●『タンナー兄弟姉妹』(ローベルト・ヴァルザー著、新本史斉他訳、鳥影社、2600円)独特の文体が新鮮。日本語訳の妙味を味わえる小説。全5冊の作品集の第1巻。

    ●『狩りの時代』(津島佑子著、文芸春秋、1600円)第二次世界大戦下、ヒトラー・ユーゲントが日本を訪ね熱狂的に迎えられていた。家族史から歴史を透かしみせる小説。


    ●『眼の奥の森』(目取真俊著、影書房、1800円)沖縄の米軍問題とはいったいなんなのか。沖縄のことばを響かせながら終わらない戦後を小説の世界を通じて見せてくれる。

    ●『戦争は女の顔をしていない』(S・アレクシエーヴィチ著、三浦みどり訳、岩波現代文庫、1340円)第二次大戦のソ連女性兵士の一つではない戦争観を描き出す。

     丸善丸の内本店(JR東京駅前)の3階で、近日中に木村朗子さんの「空想書店」コーナーが登場します。

    2017年04月19日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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