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    自分がもし本屋を開いたら――。本好きな著名人が登場し、書店主になりきります。

    10月の店主は呉座勇一さんです

    ぜ~んぶ偽書の面白さ

     物理学者などと違って、歴史家、歴史研究者のたぐいは誰でも名乗れるようなところがある。では歴史研究においてプロとアマを分かつものは何か。大学などの研究機関に籍を置いているかどうかはどうでもいい。大事なのは史料批判ができるか否かだと思っている。

     一般の歴史愛好家でも特定の分野に限れば、専門家を上回る知識を持っていることがままある。だが、多くの愛好家は目にした史料の記述を鵜呑うのみにしてしまう。近代歴史学においては、史料が真実を伝えているかを科学的に判定することが不可欠とされた。この営為を史料批判という。

     史料批判の最も基礎的な作業は、偽書や偽文書を看破することである。ゆえに、私の研究室には、偽書や偽文書と考えられる史料は基本的には存在しない。

     だが、“事実”に囲まれていると息が詰まることもある。そこで、逆に偽書や偽文書だけで埋め尽くされている書店があったら面白いのではないかと考えた。

     偽書とは、作者・成立年代・書名などを偽った書物のことである。偽書の作成者は何らかの意味で読者をだましているわけだが、偽書と割り切って読む分には害はない。東京大学の総合図書館には『頼朝卿よりともきょう自筆日記』という史料があり、もちろん偽書なのだが、読んでみるとそれなりに楽しめる。そういう偽書だけの本屋なら、これはウソかマコトかと悩む気遣いも不要だ。

     ウソですよと最初から断りを入れている本は、厳密には偽書ではない。ただ、このニセモノ書店では、細かいことは言わずに、架空戦記類も本棚に並べる。骨董こっとう品も多少置いてあるが、全部ニセモノ。南朝の末裔まつえいを称する店主と仲良くなると、「頼朝公おん十四歳のみぎりのしゃれこうべ」みたいなのを見せてくれる。

     半村良の伝奇小説『産霊山むすびのやま秘録』には、作者が種本として紹介した『神統拾遺』を実在すると信じた読者が多数いたという逸話がある(後に架空史料と告白)。ウソもここまで極められると拍手するしかない。

     しかし偽書を眺めてニヤニヤするだけではちょっと物足りないので、偽書・偽文書の研究書も入荷する。偽書に騙されたら歴史学者失格だが、偽書・偽文書が作成された歴史的背景を探ることは立派に歴史研究として成立する。フェイクニュースが世を騒がす昨今、偽書のテクニックを知っておいて損はないだろう。

     おっと、偽札でのお支払いはダメですよ、念のため。

     ござ・ゆういち 1980年東京都生まれ。国際日本文化研究センター助教。専攻は、日本中世史。『戦争の日本中世史』(新潮選書)で角川財団学芸賞。『応仁の乱』(中公新書)は42万部のベストセラーに。

    店主の1冊

    ●『偽書「東日流つがる外三郡誌」事件』(斉藤光政著、新人物往来社、品切れ)正史に記されなかった幻の東北王朝があった―オカルトブームの中で出現した奇書の矛盾点を一つ一つ積み上げて偽書と見破る展開は推理小説顔負け。

    ●『江戸しぐさの正体』(原田実著、星海社新書、820円)江戸しぐさに対する初の本格的批判本。江戸しぐさが1980年代に伝承者と称する芝三光によって創作されたことを論証。

    ●『高い城の男』(フィリップ・K・ディック著、ハヤカワ文庫、900円)第二次世界大戦で枢軸国が勝ち「もし連合国が勝っていたら」というif小説が流行する世界を描く。

    ●『影武者徳川家康』(隆慶一郎著、新潮文庫、全3巻)徳川家康が関ヶ原で西軍に暗殺され、以降は卑賤ひせんの出の影武者が家康を演じたという大嘘おおうそに迫真性を持たせる筆力に脱帽。

    ●『遮那王しゃなおう義経』(沢田ひろふみ著、全22巻、電子書籍あり)旅芸人の漂太が外見そっくりの牛若丸の身代わりを引き受け、やがて源義経になるという大胆な設定の痛快歴史漫画。

     丸善丸の内本店(JR東京駅前)の3階で、近日中に呉座勇一さんの「空想書店」コーナーが登場します。

    2017年10月18日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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